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加藤元浩『Q.E.D.iff』6巻 講談社

 「自分だけが救われたい

  ここは凍えるような世界」(大木彩乃「冷たい世界」)

 この巻収録の「地球に落ちてきたと言っている男」を読んだ時、自分の中に再生されたのは、冬の冷たい風景でした。感触としては、肌を刺す寒さが感じられます。

 と、言うのもシリーズ初期の話数、主人公がMIT時代に弁護士事務所で働いていた際のエピソードを思い出したためです。その話数は、少し間をあけて後日譚も描かれていましたが、実際はどうあれ自分の中では、冷たい場所でクライマックスが展開していた印象が残っています。

 「まるで・・・・さびしい宇宙にいるみたいだった」

          (「地球に落ちてきたと言っている男」)

 森絵都さんの『宇宙のみなしご』という題名を思い出しますが、相手のことを「分かる」ということが復讐心を鎮めることはあるのでしょうか。

 かつて自分が感じたことのある気持ちと同じものを相手も感じていると忖度できる、それは相手を「分かった」と言えることなのか。仮に同じ言葉で気持ちを表現していたとしても、同じものを感じているとは限りません。でも、同じような言葉が相手の口から発せられるのを聴くと、自分と似たようなことを感じているのだろうと思ってしまいます。

 「一人で死にたくない」(「地球に落ちてきたと言っている男」)

 登場人物の言う「さびしい宇宙」は凍えるようなとても冷たい場所のように思います。

 

 「死の際に立たされるような災難に遭うとき 前兆があるとは限りませんよ」

                              (「急転」)

 「急転」は真犯人の動機を理解できませんでした。もしも自分だったら、同じ立場にあったとしてもその理由では人を殺せはしないと思います。その悪は悪として詳らかにして他のチャンスを待つ、と思います。でも、ブラウン神父が自身の中にいる殺人を犯しそうな部分に恐怖を感じていたことを思い出すと、そういった考えは過信や驕りに属するものなのかもしれません。

 「急転」の被害者が「そうせざるを得ない」状況に追い込まれたように、条件次第では自分自身、信じていなかった行動をとるかもしれない。それは自分か他人かの違いだけで人を殺すという意味では同じことで、他殺と自殺は思っているよりも似たものだとこの話数を読んでいて知らない間に考えてしました。なので主人公のセリフが胸に刺さってきます。

 「前兆があるとは限りませんよ」