原作:草水敏、漫画:恵三朗『フラジャイル:病理医 岸京一郎の所見』4巻 講談社

 このマンガは病理医である岸京一郎を主人公としています。でも、私は主人公を積極的に描いていないマンガだと感じながら読んでいます。細かく描かれているのは、彼を取り巻く人々。周りが明瞭になることで、それらを輪郭にして主人公である岸京一郎という人物が浮かび上がってくる、そんなマンガであるような気がします。

 

 「さぞかしご心配でしたね

  ご安心ください    」(p.180)

 

 例えば、この4巻では同僚の年配放射線医師に焦点があたります。彼が患者さんの気持ちを和ませるために使うマジックワード。岸先生の元で働く部下は、その言葉の勘所に気づきます。ところが、その言葉の出自が何だったかというと・・・。

 タネを明かせば「なんだパクりじゃん」と思う人もいるかもしれない。でも、そこにいたるまでに経た試行錯誤、葛藤の軌跡が感じられる描き方になっている。だから私は文字として全く同じ言葉であっても、駆け出しの彼女が使ったなら、同じような効果を患者さんには及ぼさないような気がします。

 

 「苦労したんですよ

  家がちょっと複雑でね

  いい奴なんですよ

  なんとかしてやりたいんです」(p.17)

 

 緩和ケアを専門にする医師はこう岸先生に洩らしています。このセリフを読んだ時、私は逆のことを考えていました。仮に苦労をしていない患者だったら、この医師は「なんとかしてやりたいんです」と思わないのか。そうは思えない。前巻までに描かれたこの医師の姿からは、「なんとかしてやりたいんです」に至る前段の理由らしき部分に並ぶ言葉が違うだけで、力になりたいという部分は変わらない気がします。

 放射線科の医師にしても、緩和ケアの医師にしてもたどり着いた形がその人を表しているのではなく、それは結果でしかなく、それまでにたどった軌跡がその人自身であるということを感じさせます。

 こういった考え方は恣意的です。作中の表現に倣えば、エビデンスがない、ということになるかと思います。結局、同じものを見ても例えばその人の言葉に重みを感じられるかどうか、自分の知っている範囲のことを基にした推測や思い込みでしかないのですから。

 それでも、何か他とは違うと感じさせるものがあるとき、あるいは本当は大変で難しいことを何気なくやっていることに気づかさせられるとき、その瞬間瞬間には、その人がそれまで経てきた紆余曲折、艱難辛苦が表れているように思います。

 そう考えると、5巻で岸先生から放射線科医へ手向けられた言葉は至言です。

 

 「バカ正直に長年続けることを誠実って言うんですよ」(5巻 p.180)