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加藤元浩『Q.E.D.iff』5巻 講談社

マンガの感想

 「歩き続けて疲れたでしょう

  足を止め振り向いて ねえ

  あたしに気がついて   」(Salley『あたしをみつけて』)

 

 この巻には「イーブン」「不完全な密室」が収録されています。どちらもワトソン役の少女の父親の人間(刑事)性が際立つ話数となっています。

 この2つのお話を読みながら、私はずいぶん前の話数でその警部が捜査のために関係者の故郷を訪ねたくだりを思い出していました。『パトレイバー』の劇場版で松井刑事たちが帆場の足跡をたどるシーンを連想しますが、犯人を追う中で、実は追っているのではなく追わさせられている、それはその過程で眼にするものを追跡者に見せ(感じさせ)るためということを思います。

 

 「水原警部は見分けてましたよ 検問のとき」(「イーブン」)

 

 「イーブン」で発生する事件を追うのは、ワトソン役の少女です。捜査に行き詰った彼女にホームズ役の少年は言います。君のお父さんは冷静に物事を見つめていたよ、と。

 

 「人間は感情的な事柄にはなにか意味があると考えてしまう

  でも そんな保証はどこにもないし かえって道を間違えることもある」(「イーブン」)

 

 「不完全な密室」は二つの殺人が絡むお話。あわや冤罪という捜査を血痕を発見した水原警部が止めます。

 

 「知恵と度胸が必要な綱渡りですね」(「不完全な密室」)

 

 そんな杜撰な捜査が横行する影にちらつく一人の人物。「不完全な密室」の語り手はその膿を警察内部から除去するよう託されます。その膿の姿は水原警部とは対照的です。

 この話数を結果ということから考えれば、水原警部や語り手の事件や仕事に対する真摯さ、誠実さは余計なものに見えるのかもしれない。でも、語り手自身が最後に言っているように、カタチとして結果と言われるものは同じ(あるいは被害が少なくなる)としても、過程が持つ意味、過程が明らかにするものはある。

 「不完全な密室」の語り手は『C.M.B.』33巻所収、「見えない射手」にも登場しています。そこで彼女が犯人の手を離さなかったのと同じ信念を「不完全な密室」の結論から感じます。

  

 「私 わかってたの あれを見つけた人が真犯人を捕まえるって」(「不完全な密室」)

 

 この「不完全な密室」は全体を通して「真犯人」が私を見つけて、と言っているように感じられる話数でした。