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絲山秋子『沖で待つ』文春文庫

本の感想

 この本には芥川賞を受けた「沖で待つ」の他、「勤労感謝の日」「みなみのしまのぶんたろう」の3編が収録されています。

 

 「たった1人で独りのことを

  歌える人はいないから  」(熊木杏里「私が見えますか?」)

 

 「沖で待つ」という言葉を見たとき、宙ぶらりんな感じを受けました。どちらが先だったかは分からないのですが、沖で待っている人の視点でやがてそこにやってくるだろう人の姿を見るとともに、沖にたたずみ自分のことを待っている人の姿も見てしまう。 待つ人、待ち人、両方の立場に同時に立ってしまうような印象を受けたためです。

 「沖で待つ」は会社の同期である男女のお話です。新人時代、同じ職場に配属された2人は仲間としての関係を築いていきます。1人の結婚があり、転勤があり、それぞれに経験を積み職業人となった両者は、秘密の約束をします。

 「私はほんとうに約束を守ってよかったのだろうかと思っていました。」(「沖で待つ」p.115)

 偶然が原因で約束を果たさなくてはならなくなった彼女。その過程は、まるで彼と会話をしているかのようでした。実際に向き合っているのは、生命のない物体なのだけれど、処理を施しながら「見ている」のは彼のこと。

 熊木杏里さんに「私が見えますか?」という歌があります。歌を聴いていると、歌い手が相手に求めているのは、「私」の存在ではなくて、「私」を見ている「あなた」の存在の確認だと感じます。私が見えるとしたら、それはあなたがいるから。

 「沖で待つ」、彼の言葉に「待っているオレが見えるか」という響きを聞いてしまったがために、この歌のことを連想したのかもしれません。