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緑川ゆき『夏目友人帳』20巻 白泉社

マンガの感想

 「僕が君の未来だなんて

  悲しくて 切なくて 

  閉じたアルバム    」(柴田淳『ちいさなぼくへ』)

 

 第七十八話で関わりをもった妖の術によって夏目くんは「若返り」ます。肉体が若くなるだけではなく、記憶も混乱をきたします。

 「近づかないでくれたぬきのおばけ」

 そう、腐れ縁のニャンコ先生のことも忘れてしまったのです。ニャンコ先生だけではなく、「現在の」夏目くんをとりまく人間関係、穏やかさ、温かさ、優しさ、そういったものに出会う前の状態に戻ってしまった。

 私は柴田淳さんの歌を思い出していました。柴田さんは「悲しくて切ない」と歌っています。一方、若返った夏目くんは「現在の」自分が置かれている正の状況を信じきれません。友人やニャンコ先生がよせる厚意にも裏切りが潜んでいるのではないかと思ってしまっています。

 過去の自分に対して未来である自分を省みて悲しくなる場合もあれば、過去の自分から見て信じられないような恵まれた境遇に未来の自分が立っている場合もある。

 過去の自分の(失敗)の結果として(過去からみた未来である)現在の自分がある、というのが一般的な認識だと思います。でも、過去の自分が失敗だったのかどうかを判断する材料が今の自分だとしたら、過去の意味合いを変える決定権はまだ残されているのかもしれない。そんな考え方を思いだしました。

 それにしても、『夏目友人帳』を読んでいて柴田淳さんの歌を思うことが多々あります。

 同じく第七十八話でニャンコ先生は夏目くんを元の姿に戻すために妖を探しに行きます。その場面、27頁。ニャンコ先生は夏目くんを振り返っています。

 「私の片想いは あなたの後ろ姿

  こっち向いて 振り向いてよ・・・」(柴田淳「後ろ姿」)

 ニャンコ先生は振り向いている。このシーンにセリフはありません。コマも小さい。でも、振り向いている。それが示唆するところを勝手に感じてしまいます。