ヴォルフガング・シヴェルブシュ『図書館炎上』法政大学出版局

 本を燃やす、というと頭をよぎるイメージが2つあります。

 ひとつは映画『デイ・アフター・トゥモロー』の終盤で急激な温度低下を凌ぐために本を暖炉にくべつづけたシーン。もうひとつはアニメ『R.O.D.THE TV』の「華氏四五一」という話数で展開された作戦です。

 『デイ・アフター・トゥモロー』の方は観ていても自分の中に嫌悪感はわきませんでした。一方、「華氏四五一」の方は、神保町の真ん中で本を山のように積み上げ、油をかけ燃やし尽くすというその光景がおぞましく恐ろしいものに見えて仕方がありませんでした。火をつける人たちの思惑や動機は違っていますが、本を燃やすという「同じ」行為について片方は受け入れられて片方は認められない、自分の中にある基準について考えてしまいます。

 「図書館の破壊がどんな条件のもとで、野蛮のシンボルと化すかが分かる。敵が松明を投げ込んだときだけ、炎は文化に対する犯罪なのだ。」(p.34)

 『図書館炎上』はベルギーのルーヴァン大学図書館をめぐる本です。この図書館の2度にわたる破壊を扱っています。1度目は第1次世界大戦の時、2度目は第2次世界大戦の時です。

 両方ともドイツ軍によって破壊されているのですが、この本は単純にその「蛮行」を糾弾する姿勢とは趣を異にしています。上に引用したような言葉が「まえがき」に置かれているように、本書では一貫して図書館破壊の評価が相対的なものである視点が担保されています。

 1次大戦後の補償については、様々な関係者の思惑によって駆け引きが行われたり、プロパガンダとして利用されたりといった様子が記述されていきます。一方、2次大戦後のそれは耳目をそれほど集めなかったようです。

 本に思い入れのある立場からすれば、図書館の破壊はおぞましいことですが、それも戦争の中の他の多くの犠牲に比べれば優先順位が上にくるものではないのではないか、この本を読んでいるとそう思えてきます。

 実際、この本1冊をつくして書かれていた図書館のことよりも、最初の方に少しだけ書かれていた殺された市民の人数とその殺され方の方が印象に残っています。