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岩永亮太郎『パンプキン・シザーズ』20巻 講談社

 「まっ先に―『人を殺せばそれを悔やむハズだ』って考える人間なんだなって」

 この巻の冒頭、殺人兵器としてつくられた人物とその傷を修復する医師との会話シーンがあります。人殺しが悩んでいるのを見た時に、その悔いの理由はいくつかあるのに医師がそれを言うことから彼女の人間性に考えは及びます。

 「根っこは そういう人間なんだなって」

 だとしたら、逆にそういった言葉が出てこない人、別の「~はずだ」を考える人とは人間が違うのかもしれない。

 先日、浅羽通明さんの『「反戦脱原発リベラル」はなぜ敗北するのか』という本を読みました。

 「だってバカなんでしょ?愚劣なんでしょ?だったら、『立憲主義』だとか『民主主義』だとか、そんな高尚なお話が通じるわけないじゃありませんか(笑)。」(『「反戦脱原発リベラル」はなぜ敗北するのか』ちくま新書 p.21)

 現政権をバカだとみなす一方で、それに対する批判としてバカには通用しない手段を用いているのは、相手に甘えているのではないか、という内容を含む本でした。

 「あるのかな 『そんなことやっちゃいけないんだよ』って言えば―人殺しが素直に人殺しをやめる世界が」(『パンプキン・シザーズ』20巻)

 たしか、『ケイゾク』というドラマだったと思いますが、悪が遂行される時、つまり殺される時、まさにその瞬間、正義は守ってくれないという主旨のセリフがあったと記憶しています。

 言葉は暴力には勝てないのか、と考える巻でしたが、この巻収録の最後の話数で駆動している力を停止させたのが、彼女の声だったことをどう捉えればいいのだろうと考えます。