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アイザック・アシモフ『黒後家蜘蛛の会』1 創元推理文庫

本の感想

 「私の理想とするところはエルキュール・ポワロと彼の小さな灰色の脳細胞なのだ。」(p.9)

 アイザック・アシモフという名前にはSF作家というイメージしか持っていませんでした。『黒後家蜘蛛の会』のことを知ったのがどこでだったのか覚えていません。「黒後家蜘蛛の会」と称する社交サークルでは、参加者が持ち回りでホストを務めゲストを招きます。ゲストには参加者を楽しませる話題の提供が望まれるのですが、その話に含まれる謎が解かれていくというのが大まかな展開。会合が開かれるレストランの給仕が謎解きに大きく寄与しているのが特徴です。

 この巻には「会心の笑い」「贋物(Phony)のPh」「実を言えば」「行け、小さき書物よ」「日曜の朝早く」「明白な要素」「指し示す指」「何国代表?」「ブロードウェーの子守歌」「ヤンキー・ドゥードゥル都へ行く」「不思議な省略」「死角」が収録されています。

 「あいつは何かを盗って行ったのだ。わたしから、何かを盗みおったのだ」(「会心の笑い」p.34)

 最初の「会心の笑い」は何かを盗まれたのに何を盗まれたのか分からない人のお話。参加者たちの会話も盗まれたものの正体に焦点があたります。

 この話数を読みながら私の頭をよぎっていたのは『カリオストロの城』での銭形警部でした。おそらく、あまりにも有名なラスト間際でのクラリスとのあの会話です。窃盗の対象が物理的存在ではなく、抽象的なもの、意味においての盗った盗られたであるならば、その真相に推理によってどうやってたどり着くのか。仮に論理的に正しいだろう答えをみつけることができても、意味論的な窃盗は当事者が否定したら確証を得られないという弱さを持つように思います。そこに説得力を持たせる方法として「会心の笑い」が採ったものにはなるほどなと思わせられました。

 そして短編を続けて読むうちに私が考えていたのは、人が果たす役回りについてでした。参加者たちはそれぞれ専門の職業、知識を持っています。そして謎を解く給仕がいてこそお話は成立しています。もしも、そんな人がいない集団だったら。いわゆる鋭いことを言える人がいない場合、ただの四方山話が進んでいくだけかもしれない。これは妄想ですが、だとしたら、逆にそういった役回りに「ハマる」人を見つけるためにこういったサークル(という形式)が存在する側面はないのだろうか。

 昔観たUnbreakableという映画のことを思い出します。