松原始『カラスの補習授業』雷鳥社

 この本は同著者による『カラスの教科書』の続編です。『カラスの教科書』が目にとまったのは、書店店頭でみたその表紙のせいでした。とぼけた感じのカラスのイラストが描かれています。このカラスのキャラクター?には、

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 カラスと言えば、子どもの頃から恐怖の対象でした。ゴミの回収場所で徒党を組んでいるのも、くちばしも色も鳴き声も全てが怖かった。通学路のそこかしこで遭遇する度に襲われるのではないか、と危惧していました。その印象とイラストの雰囲気が大きく異なっていて気になったのかもしれません。

 『カラスの教科書』を読んだ時に感じたのは、著者のカラスに対する愛のようなものでした。好悪で言えばどちらか分からないかもしれないのですが、カラスに対する関心・興味が並々ならぬもので(それで博士課程を終えるのだから当たり前かもしれないのですが)、抑えようとしても滲み出てきてしまっている、そんな印象を全編通じて感じられて、またあの語りを聞いてみたいという気持ちにさせられました。そして続編である『カラスの補習授業』も読むことになりました。

 正確な所は『カラスの教科書』を読んでいただくと分かると思いますが、『教科書』にカラス同士の争いを描写した箇所があります。映画などで描かれる戦闘機同士のドッグファイトさながらに、カラスAが追ってくるカラスBの前で減速・バレルロールのような機動でBの直下に潜りBの腹部を蹴り上げる、という感じだったと記憶しています。カラスの争いをミリタリの視点で見ていることをうかがわせる箇所でした。

 『補習授業』の94頁あたりから著者が戦車になぞらえて熱く語っている箇所があります。他にも本文よりも気合いがはっているかのような註釈にミリタリ・サブカルネタが多数散りばめられており、上に書いた『教科書』の記述のベースがはっきりとして妙に納得しました。

 私がこの本を好きだと思うのは、きっと著者の研究に対する姿勢がびしびしと伝わってくるためだと思います。

 『補習授業』の後半部分では、修士課程・博士課程での研究について触れられています。その研究の様子はベテラン刑事が地道に裏をとっていく悪く言えば古臭い捜査のようです。じっと(実際にはカラスの行動についていくためにかなり運動されていますが)見続けることで違いが分かるのようになる。区別がつくようになる。サイエンス(science)の語源がハサミ(scissor)と同じ「切る・分ける」を意味する言葉だという話を思い出します。

 この2作を読むまでは、十把一絡にカラスとしか認識していなかったけれど、これはハシブトガラスなのかハシボソガラスなのかと気にするようにもなったし、鳴き声を聞いても威嚇しているのか、仲間に何かを伝えようとしているのかなど考えるようになりました。

 三上修さんの『スズメの謎』を読んだ時にも似たようなことを感じたのですが、身近なところにいる鳥や植物でも違いを区別できるようになることで、各々を個性を持って認識できるようになるのはとても面白いことで、ともすれば毎日を退屈だとか虚しいと感じてしまうこともあるのですが、そうではないということをお説教臭くなく伝えてくれる本です。

 「未知なる面白い事がある限り、人は退屈しなくてすむのである。例えば、カラスとかな。」(p.388)