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小林泰三『海を見る人』ハヤカワ文庫

 「優しくいることが間違っていても/こうしていたいの」(南壽あさ子「フランネル」)

 『海を見る人』はSFの短編集で以下のお話が収録されています。「時計の中のレンズ」「独裁者の掟」「天獄と地国」「キャッシュ」「母と子と渦を旋る冒険」「海を見る人」「門」。

 「戦争が嫌いなやつは絶対大統領にも総統にもなれないんだよ」(「独裁者の掟」p.74)

 時期が時期なだけに「独裁者の掟」が一番印象に残りました。

 「独裁者の掟」では二つの国がにらみ合っています。お話としては大統領の国を訪れた総統側の国の大使とその娘のパート、総統の国の中での総統の独裁っぷりが描かれたパートの二つが交互に記述されていきます。

 お話の構成としては、二つの視点(立場)を入れ替わり読んでいるように感じます。しかし、それが本当は「誰の」物語だったのかに気づいた時、それまで見ていたと思い込んでいたものが反転していきます。

 「大切なこととそうでないことと。何かがひっくり返ったような気がするわ。」(p.116)

 優しくいることが間違っているとして、それが間違っていない世の中を望むとしたら、そういった方向へ変えていくために必要なものは何になるのでしょう。自分自身が優しいままでいるだけでは、そうはならないでしょう。非情であることが嫌いでも、非情であれれば自分の志向する価値を是とする社会へ曲げていくことができるのでしょうか。仮に戦争が嫌いでも、戦争を行うことができれば総統や大統領になれるのでしょうか。

 Might is right.

 『権力を取らずに世界を変える』という題名の本があります。この「独裁者の掟」の展開を読むと、本当にそんなことは可能なのだろうか、と考えてしまいます。

 そして、本編の最後に総統が言ったセリフを読むと、現実の独裁者たちは総統のように芯の通った人物なのだろうか、という疑問が自然と頭をもたげてきます。