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飯塚訓『墜落現場 遺された人たち』講談社+α文庫

 「日本国中が、テレビの前に釘づけになり、新聞の大見出しに息をのんだ。」(p.167)

 御巣鷹山日航機墜落について、私の記憶の中にあるのは、ヘリコプターに収容される生存者を捉えたテレビの画像でした。そしてそれは過去の事故を振り返るものを見て記憶しているのだとずっと思っていました。

 先日、母親と話しているときに何気なく墜落事故の中継をみんなで居間のTVで見ていたのをよく覚えていると言われて、事故自体が自分が生まれた後のことだったと気づきました。それまでは事故は自分が生まれる前に起こったのだから、自分が記憶している映像は過去のものだと思っていた。でも、中継をリアルタイムで見ていたのなら、記憶の中の映像も実際その時に見たものかもしれない。

 それがどうした、それで?と言われてしまえば応えようがないのですが、自分の中で歴史だと思っていたものが、つながりがある過去だと明かされたようで、逆にリアルタイムに起こった出来事も同じように歴史として受け止めていることがあるのではないか、と何故か焦燥にかられます。

 『墜落遺体』では著者自身の現場が記述されていましたが、この本では当時の関係者に取材するなど「関係した人たちのその後」とでもいうものが書かれています。その対象は遺族、生存者、自衛隊員、医師・看護師、そして葬儀屋です。

 多分、この本の中で飯塚さんが触れている番組と同じものだと思いますが、私は遺族を取材したTV番組を見たことがあります。その中で言及されていた犠牲者の遺書がやはり堪えます。

 「パパは本当に残念だ/きっと助かるまい/原因は分からない/今五分たった/もう飛行機には乗りたくない/どうか神様たすけて下さい」(p.14)

 この部分は映画『クライマーズ・ハイ』でも使われていたような気がします。遺体が炭化するような状態でも残った遺書はあった。ほんの数時間前には自分が死ぬとは思っていなかった人が死に直面したとき、自分の大切な人へ言葉を残そうとする。そこに表れている気持ちが突き刺さってきます。「残念だ」という言葉の無念さが伝わってきます。

 また、当時幼い子どもだった生存者の言葉。

 「助けだされるまでお父さんの手をさわっていた。その手は、最初は温かったけど、だんだん冷たくなっていった」(p.232)

 命が失われていくのを体温として実感として知った経験はその後どうなったのか。

 『墜落遺体』と併せて、読むのがつらい本です。