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ルシアン・ネイハム『シャドー81』ハヤカワ文庫

 「こんごは、きみも管制塔もおれを"シャドー81"と呼ぶように。」(p.209)

 ジャンボ・ジェット機PGA81便はハイジャックされます。犯人は機内にいません。正体不明の最新軍用機に背後をとられ要求を呑まなければ撃墜すると脅されます。

 物語は犯人がハイジャックを宣言するシーンに至る準備段階についても丁寧に描かれています。読者にとっては、誰が犯人か、どうやって実行されたか明白です。ただ、その動機については最後までハッキリしません。

 「ベトナムにおける二年間の軍隊生活はグラントを幻滅させた。彼の直接の上官はだれも気づいていないことだったが、グラントは興味を失っていた。」(p.22)

 と抽象的には書かれていますが、ベトナム戦争において自分が軍で果たしている役目に嫌気がさしたとして、それが機密事項である戦闘機を盗み民間機を脅すことにどうつながるのか、そのwhyの部分が曖昧なままお話は展開します。

 いずれにしろ、標的となったジャンボは犯人の胸先三寸でいつ墜落させられるか分からないというサスペンスが常につきまとっています。

 ジャンボが墜とされる、というと私は御巣鷹山日航機墜落事故を連想してしまっていました。『シャドー81』のジャンボは乗員・乗客合わせて200数名ですが、現実の日航機墜落では520名の方が犠牲になりました。『シャドー81』の原著は1975年刊で御巣鷹山の事故は1985年のことなので、著者の念頭に事故のことがあったはずはないのですが、墜落するという未来が通常に比べて高い確率で到来する飛行機に乗っている人たちの気持ちを考えながら読みました。もちろん、作中ではハイジャック犯の要求を呑めば安全に帰還できるという希望がありましたけれども。

 更に物語では、事件へ対処する各方面の事情も描かれています。スクープをとろうとする報道メディア。

 「このような性質の事件で報道管制を敷くことができるような法律を制定するために、政府がこれまでなんら積極的な手を打たなかったというのはグラントには不思議だった。」(p.348)

 キアヌ・リーブスの『スピード』でバスジャック犯が報道のカメラ映像で状況をつかんでいる描写がたしかあったと思いますが、それを思い出します。

 また、大統領の対応。選挙が近いため、イメージ戦略に絡めた損得勘定をしています。各空軍基地からあがってくる対策案。人質であるジャンボを巻き込む可能性を無視して撃墜が進言されます。そして、犯人の策略によってFBI・警察が翻弄される様は天道真さんの『大誘拐』を彷彿とさせます。

 現実での飛行機墜落による惨事を(伝聞でしかないけれど)知っているだけに、乗客を狙う犯罪に強い嫌悪を抱きます。しかし、この犯罪は成功するのか、失敗するのかと気を揉みながら読むうちに自分の心情が犯罪の成功を願っていることに気づきます。無事に要求が聞き入れられれば、乗客が安全に解放される、そうあってほしいと思っています。そういう意味で全編かけて読者に対してストックホルム・シンドロームのように働く本だと思います。