飯島洋一『「らしい」建築批判』青土社

 「『らしい』建築とは異なって、『らしくない』建築は素朴で地味である。だからそれがいかに誠実につくられたとしても、建築専門雑誌に取り上げられることはほとんどない。」(p.221)

 この本が出版されたとき、題名を見て「『らしい』建築」を批判する本ではなく、「『らしい』(=それっぽい)建築批判」を批判するメタ的な本なのかと思っていました。ですが、twitterで偶然、例の新国立競技場問題を扱ったものだと知って読むことにしました。

 新国立競技場の問題を扱っている思ってと読みはじめたのですが、それに触れているのは本書のごく一部で、大部は新国立競技場問題に表れている建築界の問題について記述されています。

 「ハディド案を選択した建築関係者は、審査委員長の安藤忠雄に限らず、その全員が確信犯なのである。」(p.15)

 新国立競技場のコンペに出されたザハ・ハディドの案は予算内に到底収まるものではないと、建築関係者なら誰でも分かるものだったそうです。それにも関わらず選ばれた背景に著者は東京オリンピックの招致を見ます(p.19)。つまり、ザハ・ハディドの奇抜なデザイン(著者の言葉を借りれば、ハディド「らしい」デザイン)はオリンピック開催に箔を付けるものであり、開催が決まってしまえば実際の施工段階で修正などして縮小する思惑だったのではないかと推測しています。

 この本の主眼は、新国立競技場問題を検討することではなく、そこに象徴的に表れている問題、もっと言えば日本のスター建築家たちを批判することにあります。

 「建築が現実の生活空間に建つ限り、決して施主だけのものではない。近隣に暮している人にとっても、あるいはただ毎日のようにそこを通るだけの人にとっても、一つの建築は都市の貴重な財産である。」(p.41)

 ハディド案については、神宮という場所の歴史や特徴が考慮されていない面に触れられています。そしてそれは彼女の今回の案に限らず、世界中の各所で他の建築家によっても行われていることだとされます。

 地域性や文化特性といった、その場所に固有な性質は無視されてしまい、それがどこであってもその建築家「らしい」建築物が建ってしまう。建築家がオーサーシップを持つ作品のように建築物が出来あがる。著者は建築を芸術だとみなす視点に疑義を差し挟みます。

 「建築が、それを使う人のためのものであることは、東日本大震災以後、はじめて発覚した事柄ではない。この大震災のずっと前から、それはごく当たり前の話だった。」(p.283)

 そこに住む人ではなく、それを作品として享受し払われる対価(=大きな資本)を志向した建築家を著者は批判していきます。

 批判の過程ではボードリャールの消費社会論、ヴェブレンの顕示的消費、リオタールのポストモダンなど現代思想や哲学の概念、歴史の議論が展開されます。

 ですが、著者の批判の根幹は分かりやすいもののように思います。先の抽象的議論が空中戦のように派手さを持つとしたら、それらの爆撃の下で手近な棍棒でガンガン相手を殴りつけているような印象を受けます。

 「もう二度と、伊東豊雄の発言を信用したりなどしない。」(p.283)

 やり玉にあがっている建築家のひとりが伊東豊雄さんです。上記引用の前までに様々な理論、事例によって伊東さんの建築観、実作における「転向」が論証されています。でも、詰まる所、「信用」できない、なのです。

 この本から、私は何故か著者の疲労を感じました。言葉や論を尽くし批判してきても、全て徒労に終わる。建築が資本主義に回収されてしまい、それを使う人のためにならないという構図を変えることはできない。最初から負けることが分かっている、そして実際、負け続けてきた。それでも戦わなくてはいけない、この本の結論として置かれている「絶望的な事実」(p.315)をそこに至る過程で著者の疲労として感じる本でした。

 最後に、少し気になった点を述べます。

 まず、「らしい」建築と「らしくない」建築を見分けられるのは誰かということ。著者や建築界の方は見ただけでハディドっぽいとか、安藤忠雄っぽいなど「らしさ」を感じることができるのかもしれません。でも、私が何の知識もなくある建築を見たところで「〇〇らしい」と建築家の姿を感じることはできないと思います。もしも、東京都庁のコンペを磯崎新さんが勝っていたとしても、都庁を見て私が思うのは、磯崎新らしさではなく、フジテレビ?ということだと思います。

 また、ある建築を見て「らしくない」と言えるのは、誰が建築家なのかを知っていてその建築家らしさを知っている人だけだと思います。

 逆に言えば「らしい/らしくない」という二項対立を設定できないところに成立する建築には飯島さんが勝てないと思う資本主義に抗った形の可能性があるように思います。(文中に再三出てきた「それが何かは言っていないのだ」式の批判が聞こえてもきますけれども)。でも、そう考えると、本文中で俎上にあがっている「建築家」とは誰なのか、ということも疑問になってきます。

 文中、『建築家なしの建築』という本に触れられる箇所もありますが、「『らしい』建築」という言葉を使うことで「らしい/らしくない」という二項対立を持ちこんだことで、文中で指示される「建築家」から例えば、普通の住宅を建てる市井の建築家がこぼれ落ちてしまっているのではないかと思います。つまり、「建築を作品・芸術として扱えるスター建築家」/それ以外の建築家という対照を本当は使いたかったのに、「建築を作品・芸術として扱えるスター建築家が作った建築」/「建築を作品・芸術として扱えるスター建築家が作ったけれどそれらしくない建築」といった風にどちら側にも「スター建築家」が入ってしまう議論になってしまい、「らしい」と言っても「らしくない」と言っても「スター建築家」というカテゴリは残る、そのカテゴリを生じさせるシステム(この本の中では資本主義)は温存される、という形になってしまったのではないかと思います。

 もうひとつ素朴に気になったのは、伊東豊雄さんが「転向」したとされる「みんなの家」を実際に使った人はその家をどう受けとめたのかな、ということでした。