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緑川ゆき『夏目友人帳』19巻 白泉社

 「かえりたい あなたに

  ”元気でいるよ”とはずむ声を聞かせて」(辛島美登里「あなたにかえれない」)

 

 いきものがかりの『帰りたくなったよ』をはじめて聞いたときのことをよく覚えています。サビの「帰りたくなったよ」の部分だけを聞いているのに、自分もどこかへ帰りたくなる。うまく言えないけれど、歌い手の帰りたいという気持ちを感じるというよりも聞いている人に帰りたいという気持ちを喚起するという遂行的な歌唱が衝撃でした。

 

 「帰りたい所があるなら帰りなさい

  ステキねキブネ

  帰りたい所があるなんて」(第七十六話)

 

 『ヴァンドレッド』というSFアニメの最終話、戦闘が行われている宙域全体が吹き飛ばされようとする展開があります。艦の反転を進言された海賊船のお頭はこう言います。

 「あの子たちを待ってやるのさ。帰り道に迷わないようにね。」

 いきものがかりの歌は、君が待つ街へ、と続いています。帰りたくなる対象には標となるものが必要なのでしょうか。

 

 「かえれない あなたに

  想い出はそっと胸に秘めておくもの」(辛島美登里「あなたにかえれない」)

 

 サラ・ブライトマンが歌っていたTime to Say Goodbyeをずっと別れの歌だと思っていました。どこかで別れではなく、2人で旅立つ門出の歌だと聞いて驚きました。

 

 「帰れぬなら 旅でもしよう

  二人でめぐれば きっと美しき地も見つかる」(第七十五話)

 

 帰れても帰れなくても前に進んだ先にある未来は明るいのでしょうか。

 第七十四話の欄外に緑川さんは次のように書かれています。

 「長く続けてきたからこそなのか、最近は夏目を描き始めた頃のことをよく思い出します。当時出来なかったことが出来るようになったり、逆にあの頃の夏目だったから出来たことがあったりと、楽しいような寂しいような感慨深い気持ちです。」

 どなただったか忘れてしまったのですが、ある歌手の方が若い頃に作った歌で自分が変わってしまったためにもう歌えないものがある、という話をされていました。

 人は変わっていくものだけれど、変わる前の自分も自分。

 南壽あさ子さんの「冬の旅人」という歌に「信じられる風景」というフレーズがあります。今となっては目で直接見ることができない、過去形でしか存在しない自分も「信じられる風景」の一部だと言えるだけの強さを持てればいいのになと思います。

 『夏目友人帳』は普通の人には見えない妖を「見る」ことができる夏目くんのお話です。彼にしか見えないものも「信じられる風景」に徐々になっていく、その過程を読んでいるように感じる巻でした。