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東直子『とりつくしま』ちくま文庫

 「そうです、私はとりつくしま係」(p.14)

 この世を去った人たちにとりつくしま係は持ちかけます。無生物に憑りつくことで現世に戻りませんか。大切な人を残して心配、片想いだった相手の側にもう少しいてみたい、様々な思いからモノに憑りついた人の視点で語られる短編集です。以下、各お話の題名です。「ロージン」「トリケラトプス」「青いの」「白檀」「名前」「ささやき」「日記」「マッサージ」「くちびる」「レンズ」「びわの樹の下の娘」。

 先日読んだ『いつか来た町』がとても良かったので東直子さんのこの本も読んでみました。

 『いつか来た町』を読んだ時に感じたのは東直子さんは言葉のつながりから連想をつないでいく方だということでした。この本の最初のお話「ロージン」は野球で投手が使うロジンバッグ(滑り止めによく手で触っているもの)に語り手が乗り移るというもの。東さんの連想に上で言ったようなイメージを持っていたので、もしかして「ロージン」から老人、果ては魯迅までつながる連想をされたのかも、と勝手に考えていました。

 語り手は老人と呼ぶには若くして亡くなっていますが、亡くなった方が戻ってくることとロジンバッグという言葉の響きは老人backのようで重なってきます。

 「そうです。家族のいる家に帰るのが、いちばん自然でしょ」(「マッサージ」p.149)

 こういった設定のお話を読むとどうしても考えてしまいます。もしも自分だったら何にとりつきたいと思うのだろうと。でも、すぐには思い浮かばない。この短編集に登場する人たちは皆、近くにいたい人がいてその人に付随するモノに憑りついている。憑りつきたいモノがないということは、近くにいたいと思う相手もいないということ。こういうのを人は寂しい人生、というのでしょう。

 「たとえほんとうに欠点があったとしても、それは、気づかない人にとっては、欠点にならずに済む。」(「ささやき」p.114)