駒沢敏器『アメリカのパイを買って帰ろう:沖縄 58号線の向こうへ』日本経済新聞出版社

 『語るに足る、ささやかな人生』で駒沢さんはアメリカの「スモールタウン」を自動車でたどりました。彼の視点で描写されるスモールタウンの姿は味わいのあるものでした。『アメリカのパイを買って帰ろう』の副題には沖縄の道路の名前が入っています。同じように道をたどる中でどんな沖縄が描かれていくのか興味があり読むことにしました。

 この本を読んで思ったのは、今まで沖縄と聞いて私がイメージしたり感じてきたことは違っていたのではないかということでした。

 「日常で目にすることはありえない。まさに戦争用の食糧なのだ。」(p.124)

 例えば、片岡義男さんの『白いプラスティックのフォーク』という本に触れながら、アメリカの野戦食である缶詰がスーパーに普通に並べられていることについて書かれています。戦争用の食糧が日常品として陳列されている。だとしたら「いまの日本における一般市民の生活は、ひょっとしたら戦争なのだろうか」(p.124 著者が片岡さんから引用)という思いがよぎる。それを受けてSPAMという缶詰が「ポーク」と呼ばれて親しまれている沖縄について駒沢さんはこう思っています。

 「だとしたら沖縄は戦地どころではなく、まさに未だもって激戦地ではないか」(pp.124-125)

 あるいは在日米軍が犯罪や不祥事を起こした際に耳にする言葉。

 「オフリミットとは、兵士や軍関係者たちが基地外に出ないよう、米軍司令部が勧告するものだ。表面上は基地をあげての自粛のようにも映るが、事実上の嫌がらせとして知られる。」(p.158)

 自粛だという風に捉えていましたが、現地の商業に対して打撃を与える方策だそうです。

 また、ヴェトナム戦争時、米兵に貸している住居の入居者が次々入れ替わっていったことも掘り下げられています。戦争に行ってしまうためそれまでいた人がいなくなる。戦争にいく中継点として新しい人がやってくる。

 米軍が関係する戦争は私にとってずっとTVの中の出来事でした。沖縄の基地から発っていると言葉で聞いてもピンときていなかった。でも、自分の見知った顔がいなくなり、新しい人が来てまたいなくなる、それが繰り返される状況にいる人にとって戦争は身近なものだと思います。

 沖縄のことは様々なメディアで目に耳にします。沖縄へ移り住む人の話もよく聞きます。そうやって移住した人は住んでみて沖縄のことをどんな風に感じたり思ったりするのだろう、それは住む前まで持っていたイメージと違うのだろうか。

 「沖縄へ行ったことのないふたりは、かの地の土産がなぜリンゴのパイなのか、まずそれが理解できないようだった。」(p.14)

 この本が扱うテーマの発端は、沖縄の空港で駒沢さんが目にした光景でした。本土へ戻る沖縄の人がアップルパイをまとめ買いしている。なぜアップルパイなのか。

 アップルパイの土産としての意味合いのズレが沖縄についての認識のズレを象徴的に表していることを読み終わって再確認します。