本多孝好『MOMENT』集英社文庫

 「私は、変われるかな」

 「大丈夫でしょう」と僕は頷いた。「まだ生きてますから」(「MOMENT」p.324)

 

 谷村有美さんに「愛する勇気」という歌があります。その中でこう歌われています。「大切なのは 変わらないこと 変わって行けること」。

 もう20数年前ですが、谷村さんはNHKのFMで「とっておきTuesday」というラジオ番組のパーソナリティをされていました。ミュージックスクェアという日替わりで色々な方がDJを担当する番組の火曜の担当でした。『A列車で行こう』で幕を開け、番組終了の22時45分ごろになると「愛する勇気」が流れはじめます。

 さまざまなコーナーがありながら、リスナーからのお便りに反応するのが基本の番組構成。当時はまだWindows95も出ていなかったし、Eメールなんて普及していなかった。ある日の最後に読まれた手紙にはリスナーの母親のことが書かれていました。季節は冬、やがて春が来る頃だったと記憶しています。春の花が咲く頃には、末期のステージにある母親はもうこの世にいない。自分が生きていることが容易に想像できる未来において、そこにいないことの方が想像しやすい人もいるという現実があるということに初めて接したのがその時だったような気がします。

 最初に引用した箇所で「変われるかな」と聞いた人も命が限られています。印象が強くよく覚えている、お便りから「愛する勇気」が流れるという展開を思い出してしまいました。

 「死ぬのは嫌だよ」(「FIREFLY」p.229)

 明日自分が死ぬ、というのはかなり確率の低いことだと高を括って毎日を過ごしています。でも、死が遠いところにある日常は歴史上、ありふれたことなのでしょうか。

 「先人たちが滅茶苦茶に傷つきながら築き上げた平和の中で」(「MOMENT」p.257)

 この本に収録されている最初のお話「FACE」には戦争を体験した人が出てきます。

 「実際、やらなきゃやられたのか、今でもよくわかんねえんだよ。こっちがやらなかったら、向こうもやらなかったような気もするしな。ただ、そうだな。みんな、やらなきゃやられるってんで、やってたんだろうな」(「FACE」p.29)

 戦時中、そして今も世界のどこかで起こっている戦争の中では明日自分が生きているということはどういう風に捉えられているのだろう。次の瞬間に死んでいるかもしれない現実の中では、そんな風に考えること自体、甘いことなのかもしれない。

 『MOMENT』の各話数に登場する人たちはみんな未来において自分が生きている確率を高く見積もれない人たちです。その理由は戦争ではなく病ですが。彼らが入院している病院には都市伝説があります。必殺仕事人と呼ばれる存在が死ぬことが決まっている人の前に現れ、ひとつ願い事をかなえてくれる。願いの形は様々でした。

 「耐えられなくて、それで、どうするんです?」(「WISH」p.100)

 日頃認識している程度と実際に明日自分がこの世にいない可能性は乖離しているのではないか、だとしたら・・・、ということを考えさせられる本でした。

 

 「誰もが痛み抱えながら あしたが来ること信じてる」(谷村有美「愛する勇気」)