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本多孝好『MEMORY』集英社文庫

「『うれしいです』と森野は言った。『会いにきてくれて』」(「サークル」p.136)

 『MOMENT』『WILL』に続くシリーズの3作目の短編集で以下のお話が収録されています。「言えない言葉」「君といた」「サークル」「風の名残」「時をつなぐ」。

 「サークル」ではシリーズの主要人物である森野の高校時代の先輩が10年の間をおいて彼女を訪ねてきます。彼女を迎えた森野の反応が冒頭に引用した箇所です。『WILL』では森野が主人公になっていました。読んだことがあるはずなのですが、森野の人物像が上に引用した箇所から受けるような印象のものだったかどうか記憶になく僅かな戸惑いを覚えます。訪ねてきた人をこんな風に迎えたいと思うとともに、彼女は「本当に」そんな人だったろうかという疑問が頭をよぎるためです。

 「自分が本当に書きたい小説を書いて、それが世間から見向きもされなかったとき、自分が感じるであろう絶望の深さを彼は先読みしてしまっていたんではないでしょうか」(「風の名残」p.185)

 出典を忘れましたが、100日間待ち続けてくれればあなたのものになると女性に言われた兵士が実際に待ちつづけたけれど、最後の日に立ち去ったというお話があります。あと1日我慢できれば欲しいものが手に入るのになぜ立ち去ったのかが焦点となるのですが、初めてその話を聞いたときは単純に分かりませんでした。でも、今なら分かるような気がしています。

 話はかわって、あだち充さんに『H2』というマンガがあります。主人公の野球少年は幼馴染の女の子が初恋の相手でした。でも、自分の気持ちに気づいたときには彼女は既に自分の親友と付き合っていた。主人公とその親友(主人公は投手で親友は好打者です)は別の高校に通っているのですが、最終話近くまで試合での本気の対決はなかったはず。むしろ、シリーズ全体を通して主人公は親友を打ち取りたくない印象を受けます。それも本気で投げれば打ち取れると分かっているのに気が進まない節がある。その理由について幼馴染の母から指摘されているシーンも確かありましたが、上に挙げた兵士と似たような気持ちが理由だったと私は理解しています。

 「風の流れ」で亡くなったライターの気持ちを忖度したのはシリーズのもう一人の主要登場人物である神田です。こちらは未読ですが『MOMENT』は神田がメインと聞いています。こんな風に人の気持ちを慮れる神田にも興味がわき『MOMENT』も読みたくなってきます。

 「同じスタンスで仕事を続けてきたからといって、ずっとそのスタンスで続けなければならないということもないだろう。」(p.237)

 会社を去った先輩が最後に言っていたのが君は君らしく仕事を続けてね、ということでした。深い意味や意図があった言葉ではなかったのかもしれないけれど、自分に自分らしさがあるのかどうかよく分かりません。彼女から見た「私らしさ」って何だったんだろう、とも考えたりもします。そうすると「自分の感受性くらい・・・」と頭の中で茨木のり子さんの詩が浮かんできたりもするのですが。

 以上、登場人物に興味が沸き、自分のことも考えたりしましたよ、というのがこの本に対する感想で至極当たり障りのないものです。