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アイリーン・ウェルサム『プルトニウムファイル』下 翔泳社

 上巻に続いて下巻でも様々な人体実験について記述されていきます。兵士、囚人、その対象も様々です。

 「ちょうどそのころ、人間を月に送りこもうと必死のNASAが、放射線の人体影響に関心をもちだしていた。」(p.129)

 上巻から読み進んできてなんて酷いことが行われてきたのか、とネガティブな印象を強めていたのですが、NASAが関与するようになったことに触れられる箇所で少し戸惑いを覚えました。やっている人体実験は変わらないのに、核兵器に関連しない使用目的に対して自分の中の批判する気持ちが若干ペースダウンしたように感じられて怖くなりました。例えとして不適切かもしれませんが、ある本の中でウェザーニュースブラック企業だとされているのを読んだ時に感じた意外さにそれは似ています。

 人体実験は許されることではない、と自分は思うと思っていたのに、説明のされ方のよっては「しょうがないよね」と言ってしまうように変わるかもしれない。自分の中にそういった部分があることに率直に言って恐怖を覚えます。

 「倫理の基本、社会規範、職業倫理などを侵す実験は悪だったし、今後とも悪とみる。ただし、そういう実験をした人間の罪を問うかどうか、どのていど問うかは別問題である」(p.242)

 この本の冒頭(つまり上巻の冒頭)はこれまで機密指定されてきた人体実験が明るみに出たことから始まっていました。そして、実験の経緯が綴られた末の下巻での結末はやるせないものでした。

 上に引用したのは、人体実験を調査した委員会が出した結論です。実験は悪だったけれども、それを行った科学者、医師など個人の罪は別だとする内容です。更に、実験体として被害を受けた方が十分な補償を受けられなかったことが描かれていきます。

 起こったことを基にして、今後こういったことがないように、そう思ったり言ったり書いたりするのは簡単です。でも、その「起こったこと」に含まれている多くの個人は置き去りにされてしまう。

 悪事が明らかにされたとしても、それを為した者が罪を追及されないとしたら、一体どうすればいいのかと呆然とします。