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松浦弥太郎『最低で最高の本屋』集英社文庫

 いつも読ませていただいている、あるブログで『暮らしの手帖』について言及されることがまれにあります。私はそのブログを書かれている方の感性というか感じ方や興味の方向性を素朴にいいな、と感じています。そんな方が気にかけられる雑誌の編集長、そして古書店を営む人のエッセイということで興味を持っていました。

 今年に入って同じく松浦さんの『本業失格』を読んでいるようなのですが、白状すると記憶にありません。なぜなのか理由は分かりません。

 「就職しないで生きる方法は、どんな方法なのかと問われたら、こう答えます。絶対に諦めないこと。自分がいちばん得意とする何か。他人が喜んでくれることで自分もうれしくなる何か。いちばんにはなれないけれど自分にはこれしかできない何か。色々あります。その道のりは長いかもしれません。辛くて大変かもしれません。生活も苦しいかもしれません。でも、きっと幸せと感じる一瞬は手にできるはずです。」(p.11)

 今までにもっと早く読んでいたら、と思った本は何冊もありました。でも、この本は逆でした。逆、というか早く読んでおいた方が良かったと思うところまでは同じなのですが、早く読んだら読んだだけ現在に至るまでの時間をもっと有効に活用できたのではないかという後悔や残念さを感じるのではなく、もっと若い頃に読んでいたらきっと響いただろうに、今読んでしまったためにそれほど感銘を受けないのではないか、と不遜にも感じてしまいました。

 この本の冒頭はレイモンド・マンゴーという方の『就職しないで生きるには』への言及から始まります。そしてそれは、働かないで生きることとは違う、と続いていく。

 今でも不安や焦燥、そういった負の感情はありますが、もっと若い頃に読んだなら勇気づけてくれたかもしれない上に引用したような言葉も、その裏で松浦さんは現実的な苦労を相当されているのではないか、ということの方が気になります。

 「探せば必ず安く出てくる。そのときも僕は本をさがすのが得意だなと実感しました。」(p.30)

 ものを探すのが得意だった。自分がうまくいったことを話す語り口は軽やかです。でも、本当はそういった天賦の部分ではない部分が語られていないだけではないのか、読んでいて気持ちを軽く明るくしてくれるものとは反対のものがずっと底を見えない形で流れているのではないか、常にそう感じてしまう本でした。

 「僕が『この本はいい』と誰かにすすめたとしても、その本は僕のものではない。他の誰かがつくったものであって、他人のものなんですよ。」(p.54)

 「なぜわざわざ海外に行くのかというと、今まで自分が知らなかった本に出会うためです。インターネットでのオーダーは、本のタイトルをリストで見てするわけだから、自分の知識の範囲内のものしか探せない。」(p.71)

 自分では読んでいませんが、最近TwitterのTLを眺めていると東浩紀さんの『弱いつながり』という本の情報が頻繁に流れてきます。そこから得た『弱いつながり』という本の印象と上に引用した箇所に書かれていることには類似性があるように感じます。

 私は毎日、本を読みます。その本は全てどこかで誰かが作ってくれたものです。そして読む本は誰かがネットや新聞やどこかで紹介していたものが殆どです。全てが借り物のように感じることもあります。

 『就職をしないで生きるには』は晶文社から刊行されています。同じく晶文社から「就職をしないで生きるには21」というシリーズが最近出ています。取り上げられている就職をしないで生きている人は、古本屋(『荒野の古本屋』)、装丁家(『偶然の装丁家』)、編集者(『あしたから出版社』)といった本を作ったり自分の足で本のことを知っている方々です。このシリーズに限らず、本を作る側の人のことが最近特に気になります。それはきっと、本を読むことが与えられているだけであることへの後ろめたさの裏返しなのだと思います。

 「この雑誌をいちばんじっくり見たのは、アメリカにいるときです。」(p.132)

 松浦さんは『ライフ』や『ハーパースバザー』、『ヴォーグ』といった雑誌のヴィジュアルから多くの事を学んだそうです。幅允孝さんというブックディレクターの方も『情熱大陸』で特集されていたときに、海外の書店でヴィジュアルブックをハンティングされていたような気がします。

 文字ではなくて、ヴィジュアルが主となる書物の場合、検索対象となるインデックスには限界があるように思います。実際に自分の目で見て足で探す必要度は高いのではないでしょうか。そういった手間や苦労を惜しまない姿がただ本を読んでいるだけの自分へと跳ね返ってくるのだと思います。

 今の自分にとっては読みつづけるのが非常に辛い本でした。