マイ・シューヴァル、ペール・ヴァールー『刑事マルティン・ベック 笑う警官』角川文庫

 警察小説という分野があるそうです。どういった小説がそうなのか、私ははっきりとした区別ができません。でも、警察小説と聞いて名前を思い浮かべる作家さんは数名います。『隠蔽捜査』の今野敏さんもその一人です。ちなみにアニメ監督だった今敏さんと間違えるほど私は警察小説の世界になじみがなく今まで来ました。

 「この作品は、私の警察小説の教科書です」

 その今野敏さんが帯でこの本のことをこう評しています。実際、この刑事マルティン・ベックシリーズはエド・マクベインの87分署シリーズと並ぶ警察小説の古典のようです。杉江松恋さんの『読み出したら止まらない!海外ミステリーマストリード100』に紹介されていたので読んでみようと思いました。

 お話としては、運転手含む乗客が全員射殺されているバスが発見されます。その被害者の一人はマルティン・ベックの部下でした。しかも彼は非番にも関わらず拳銃を携帯していた。なぜ、そのバスに乗っていたのか、そしてどうして乗客は殺されなくてはいけなかったのか。誰によって?

 「おれはあいつには勤務中にしか会ったことがない」(p.92)

 「しかし、なぜステンストルムについてこれほど知らないのだろう」(p.98)

 捜査の過程で同僚のこれまで知らなかった面が浮かび上がってきます。一方で、そうだろうと思っていた面が強化されるということもあります。これは普通の職場でもあるような気がします。仕事ぶりを通じてこんな人だろうな、と思い込んでいる。でも、プライベートを知ってしまうと違った面もあったりする。

 「病気なら、仕事を休むべきでしょう。あなた以外に警官がいないわけじゃあるまいし。」(p.157)

 「警官の仕事には高度の知性と卓越した心理的、身体的、道徳的資質が必要であるにもかかわらず、そのような資質をもっている人間を引きつけるだけの仕事と見なされていない。報酬も用意されていない」(p.178)

 この本を読んでいて思ったのは、警察官はひとつひとつの事件をどれほど背負うのだろう、ということでした。全てが解決するわけではなく、中には迷宮入りしてしまうものもある。時効を迎えるものも。「一般市民」なら、一時的に報道に乗っかってあれやこれや言ったり考えたりして忘れてしまえる。「一般市民」だから。でも、警察官だったら。もしかしたら、自分や自分たちがもう少し違ったやり方をしていたら事件を解決できていたかもしれない。努力が足りないせいで事件が解決できない、自分たちの責任だ、という風に苛まれることはないのでしょうか。

 もう一つ気になったのが警察と市民との関係です。お話の時代設定上、ヴェトナム戦争反対のデモ鎮圧で警察と市民が揉めるくだりがあります。その中で組織の一員としてデモ制圧に加わる個人が市民のことをどう思っているか、あるいは戦争のことをどう思っているか。組織として動く以上、表立ってこない個人の本音が垣間見えるシーンがいくつかあります。

 「銃など最初からあってはならないものなんだ。そもそも銃そのものがあってはならないものなのだ。」(p.230)

 「人道的にだと?人を殺すのに、どうやって人道的にできるというんだ?」(p.372)

 この本での「人間」の描かれ方は好きでした。『笑う警官』はシリーズの4作目(全10作)にあたるそうで、今後シリーズの残りも新訳化が予定されているそうです。他の巻の刊行を楽しみに待とうと思います。