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たなかのか『すみっこの空さん』6巻 マッグガーデン

 この巻には「らっかさん」「スイカ」「ゆううつ」「すくい」「B面」「A面」「とびら」が収録されています。

 「夏が楽しみじゃなくなったのっていつ頃からだったかなー」(「スイカ」p.31)

亀のプラトンのご主人の家を訪れた友人がふともらした言葉です。夏が楽しみだった試しなど一度もない。暑いからとか、寝苦しいからとか、そういった理由ではなく、夏だからハイテンション、のようなノリに乗っかることができないこれまででした。でも、TUBEの歌は好きだったという、変、なのかもしれません。

 「冷蔵庫の余裕は心の余裕!」(「スイカ」p.38)

 実家に帰る度、そこに暮す人たちが太っていることが気になります。どう考えても悪い方向に肥えている。そして、実家の冷蔵庫を開けてむべなるかな、と考えます。あふれんばかりの食べ物。捨てないとすれば、当然それはそこに住む人たちの胃に収まるわけで、冷蔵庫が彼ら(って家族なんですけどね)の潜在的な体重を見える化しているように思えてきます。おまけに冷蔵庫、2台もあるし。

 でも、私が暮す部屋にある冷蔵庫は空っぽですが、心に余裕があるかと言えばそんなことはありません。逆に、食べ物に興味がないことが心に余裕のないことを示しているのかもしれません。

 上に引用した冷蔵庫の名言?を言った男性はスイカの収納をめぐって父親とケンカをしてきたところでした。スイカって1玉で買うと冷蔵庫に入れておくのが大変です。むかしながらにたらいに水をためて冷やしておくとしても、切ってしまったら冷蔵庫に入れて保管するしかないような気がする。1人暮らしには、スイカ1玉は持て余す分量です。

 「ある意味バロメーターなんだよ『分けて食べたい人がいる』っていう」(「スイカ」p.45)

 分け合いたい、そう思える人がいれば、確かにスイカも玉で買おうかという気になるのかもしれません。

 でも、実はスイカは好きです。そういえば『すいか』というドラマが好きなのも、自分のスイカに対するイメージをそこに重ねることができるからかもしれません。ウォーターメロン、だと興がそがれてしまいますけれども。

 と、いうわけでこの巻では夏が季節となっています。そして、空さんも少しずつ大人の階段を上っているようです。ガラスの靴はまだ履いているようですが。

 「大きくなるっていうことは自分でえらんでドアを開けるんじゃなくて前に立ったら勝手に開いちゃう自動ドアみたい」(「ゆううつ」p.69)

 たしかに「ゆううつ」で成長にともなって「見えなくなる」ものが出てきますが、大きくなるのは全て自動、というわけではない。宇多田ヒカルさんがIt's automaticと歌っていても、辛島美登里大先生はこう歌っています。

 「自動ドアじゃない めんどうでも人生の扉は 自分の手で開けて」(辛島美登里『チャンスの卵』)

 そして、一番好きだったのは「B面」でした。

 空さんのイトコが入部した放送部の顧問が再登場していました。彼女は考えています。生徒たちは巣立っていく。在校中も常にここではないどこかへ向かって進んでいる。一方、自分はいつも残る側。変わっていく生徒たちの傍らで「取り残されたような気持ちになるのだ」(p.111)と。

 「今この世界にあるものぜんぶが 再生方法を知らない音楽みたいに思えるね」(p.121)

 その先生はカセットテープを好きだそうです。カセットの再生方法もやがて知らない人の方が増えるのでしょうか。

 取り残される、というのは寂しいことかもしれません。再生されるメディアはその時々で時代を反映したものなのかもしれない。用意される再生装置はそのメディアに適したものが大勢を占めるでしょう。でも、中にはそれでは再生できないものもあるかもしれない。再生方法が分からない音楽を秘めている者もいるかもしれない。

 忘れがちですが、大人はみんなかつて子どもでした。そして、先生はかつて生徒でした。今は鳴っていない自分の音を奏でようともがいた日々。それを知っているからこそ音楽でないのではなく、再生方法を知らないだけという可能性を生徒に教えることができる。

 「物事のスタートボタンを押した時の音が録れている」(p.126)

 カセットテープを好きな理由だそうです。それは人生の扉を自分の手で開けた時の音かもしれません。