倉知淳『壺中の天国』上 創元推理文庫

 「つまり私達は、しょせん部外者なのだ。」(p.324)

 主人公はシングルマザーの女性、娘が一人いてクリーニング屋さんでパートをしています。彼女が暮す街で通り魔殺人事件が発生、前後して犯行声明文めいたものが発見されていました。最初の被害者は女子高校生。配布されていた声明文は常識的な人にとっては意味をなさいもの、要するに電波系なものでした。おまけに文字通り電波による思考妨害のようなものが内容に含まれているという。

 「しかしな、電波だの大宇宙の意思だの、こんな訳の判らんことで人を殺す人間がいるのか、理屈も何もあったものではないぞ」(p.237)

 事件は連続します。2人目の被害者は家事手伝いの女性。そして再び配布される電波系声明文。

 「やっぱり通り魔の犯人って変態なの?」(p.247)

 被害者たちの共通点は女性であること、そして「若い」こと。自分が「若い」という範疇から外れていると認識する主人公は自分が被害者となる可能性にリアリティをあまり感じていないように見受けられます。

 「何ともやりきれない事件だ。大都会じゃあるまいし、こんな小さな町に人を殺す通り魔が出るなんて―。」(p.123)

 主人公と同居する父親もニュース報道に触れて怒りをあらわにしたり、報道姿勢を批判したりしても、どこか他人事という油断が見て取れます。

 「まあ、少しは脅したのかな、危険だって云って」(p.73)

 お話の序盤、電波塔の建設反対集会に出席するシーンがあります。そこでは、電波の届く範囲と危険性について述べられている箇所があります。電波が人体へ悪影響を及ぼすという話を聞いて、そのこと自体は理解できても、自分がその影響から離れたところ、安全圏にいると思えれば、リスクに対する感度は下がります。

 上巻では2人目までしか殺されていません。そして、被害者の共通性、そこから窺える犯人像、そういったものが登場人物たちに自分は事件から離れたところ、安全圏にいるという無意識的な安心を与えているようにも見えます。

 でも、各所で挿入される誰かの視点による独白めいた文章が主人公側、日常生活を常識的に営む側の理屈では捉えられない、でも、その視点の主にとっては「筋が通っている」理由によって殺人が犯され、それが主人公たちを対象としないとは言い切れない可能性を感じさせて、不穏な空気が流れ続けている上巻でした。