青柳碧人『浜村渚の計算ノート 4さつめ:方程式は歌声に乗って』講談社文庫

「『確率』ってのは、まだ見ぬ可能性を数と論理を使って覗いてやろうっていう、どこまでも未来を見据えた数学なんです。・・・『確率』の問題を愛する人が、未来をあきらめちゃうのは、おかしいですよ」(p.87)

 世の中には「中二病」なる言葉が存在するそうですが、このシリーズの主人公浜村渚は中学2年生です。だから上に引用したようなセリフを言っていても違和感がないのでしょうか。違うな。やっぱりシリーズを通して伝わってくるのが浜村渚の数学に対する愛情とでも言うべき想いだからこそ、こんなセリフを言っても浮かないのだろうな、と思います。

 「どうして役に立つものと立たないものを、勝手に決めたがるの?」(p.253)

 このシリーズの世界では、教育から数学など理系科目が排除されて情操面での向上によいとされる芸術科目などが重用されています。それに異を唱えて数学者たちがテロを起こしているのですが、ある数学テロリストが理系科目の復権を説くとともに文系・芸術科目を役に立たないものだと切って捨てているシーンがあります。そのセリフに普通の中学2年生が返したのが上に挙げた疑問です。

 唐突ですが、このシリーズを読んでいると思いだす映画があります。沢田研二さん主演の『太陽を盗んだ男』です。沢田さんは物理の教師を演じています。あるとき、学校の旅行だったかでバスで移動中、生徒ともどもバスジャックに遭ってしまいます。それを助けたのが菅原文太さん演じる刑事です。正確なセリフは覚えていないのですが、バスジャック犯から解放されるときに、菅原さんが沢田さんに学校の先生なんて犯罪の前に無力、役に立たないもんだな、という主旨のことを確か言っていました。

 まるでその「役に立たない」という批判に反論するように沢田さん演じる物理教師は自分の力(=物理の知識)を使って原爆を製造しようとします。さらに印象的なのは、生徒が誰も真面目に聞いていない自分の授業でその製造方法を説明し続けている姿でした。生徒は授業なんて役に立たないと思っているから真面目に受けていないのですが、そこで展開されているのは原爆製造という「役に立たない」どころかとんでもない知識です。他人から「役に立たない」と嘲笑されるかのような自分の得意分野も使い方を変えれば国家を揺るがすほどの力を持っている。それを声高に叫ぶのではなくて、せっせと実物を造り上げたうえで脅迫に使う。どことなく浜村渚シリーズの数学テロリストたちと重なってきます。数学テロリストたちは声をあげすぎていますけれども。

 「それじゃあ、結局、一緒じゃん」(p.253)

 数学を危険なもの「役に立たないもの」として教育から排除した当局も、文系・芸術科目こそ「役に立たないもの」として敵視する数学テロリスト側も「役に立つ/立たない」の決定に関しては同じ穴のムジナのようです。

 「大人たちってどうしてすぐ、教育を自分たちだけのものにしたがるの?」(p.253)

 

以下、各お話の題名と覚書です。

log10.「モンキィ・ホール・クイズショウ」

 ジェイソン・ローゼンハウス『モンティ・ホール問題』青土社

 シャロン・バーチュ・マグレイン『異端の統計学ベイズ草思社

 涌井良幸、涌井貞美『史上最強図解これならわかる!ベイズ統計学』ナツメ社

 リチャード・ニコフ『飢えたピラニアと泳いでみた』青土社

 イアン・ハッキング『確率の出現』慶應義塾大学出版会

 デイヴィッド・オレル『明日はどこまで計算できるか?』早川書房

 イアン・エアーズ『その数学が戦略を決める』文春文庫

log100.「折る女たち」

 芳賀和夫『オリガノミクス』1・2 日本評論社

 ポール・ジャクソン『デザイナーのための折りのテクニック』文化出版局

 牟田淳『アートを生み出す七つの数学』オーム社

 デイヴィッド・サルツブルグ『統計学を拓いた異才たち』日経ビジネス人文庫

log1000.「事情だらけの総合病院」

 小島寛之『世界は2乗でできている』講談社ブルーバックス

 ジュリー・サラモン『大病院』河出書房新社

 デヴィッド・サドナウ『病院でつくられる死』せりか書房

log10000.「オペラ座の未知数」

 ロバート・カニーゲル『無限の天才:夭折の数学者・ラマヌジャン工作舎

 冲方丁天地明察』上・下 角川文庫

 小方厚『音律と音階の科学』講談社ブルーバックス

 最相葉月絶対音感新潮文庫