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施川ユウキ『バーナード嬢曰く。』一迅社

 このマンガを読もうと思ったのは、SFを好んで読む人について知りたかったためです。SFの有名どころも知ることができるかな、という下心もありました。

  ところが、バーナード・ショーをバーナード嬢だと思ったために自らをバーナード嬢と呼ぶよう強要する女(本名:町田さわ子)が「読まずにタイトルだけ覚え て何かのネーミングをする時にモジりたいなー」(p.16)という不純な動機で本を読んでいる(フリをしている)マンガでした。

 では、期待外れだったかというと、そうでもなく本に対する町田さわ子の態度に怒りを覚えたSF読み神林しおり(「彼女はガチの読書家だった」p.16)が十二分に語ってくれていました。

 「みんな実は結構 よくわからないまま読んでいる」(p.56)

 特にグレッグ・イーガンについて語っている箇所は印象的でした。

  某大書店の文芸書コーナーは国内小説でも、ミステリ、SF、幻想小説など誰がどうやって分類しているのだろう、と不思議に思うような棚プレートがついてい ますが、一口に読書家といっても、読む本の傾向もそれぞれで、それによって熱さ(暑さ?)の種類も違うような気がします。

 「そして『コレはカモメだ―!!』」(p.86)

 そんな読書家としての種類の違いを最も考えたのがこの「カモメだー」のギャグ?でした。

  たしか、北村薫さんの『詩歌の待ち伏せ』シリーズの中でこのカモメと同じ状態の本が謎解きの解答となっているお話があったのです。謎として呈示されたもの が謎だと気づくことも一つの発見なのですが、そこで言われていることが文字通りのものだったと発見する過程は物事を順序よくわきまえていくことのように感 じられた記憶があります。

 それが、ですよ。「これがカモメだ―!!」ですから。いとわろし。もう、いとわろしとしか言いようがない気がします。あぢきなし、かもしれないけれど。

 でも、基本的に私はバーナード嬢の本に対する姿勢は好きでした。読んだものがどういった風に評価されるべきなのか、どう読むべきなのか、そして、読んだ自分自身がどうなるべきなのか、その辺りがとても自由に見えたからです。

  たしかに、難しそうな本を読んでいる(フリをする)ことで読書家と見られるのが目的だと言ってはいますが、それは、傍から見た人がそう思うだけであって、 その内実はズレていてもかまわない。むしろ、最初からズレることを狙っている。世の中のステレオタイプにサボタージュしているようにすら感じられます。

 「好きはヘタに負けない。」(p.126)

  これは作者である施川ユウキさんが「あとがき」で書かれている言葉です。町田さわ子さんは、本の中から名言をつまんできてタイムリーに使おうとしていま す。本読みとしてはヘタなのかもしれない。でも、言葉の方は好きなのでは?本を読むのがどれだけヘタでも、「ガチの読書家」の怒りを買うものだったとして も、負けずに読んでいく(フリをする)。それはやはり好きだからなのだと思います。

 「好きこそものの上手なれ」

 谷村有美さんの歌の題名から引用しました。ヘタな引用ですね。私も言葉の使い方がヘタだし、作文もうまくありません。でも、時折つっかえながらでも書き続けているのは、好きだからでしょうか。

 名言を引用することにかまけるバーナード嬢が自身の言葉で言ったセリフを最後に引用します。

 バーナード嬢曰く、「本を好きな人を悪役にしたくないから」(p.117)