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ジョー・ウォルトン『図書室の魔法』上 創元SF文庫

「わたしがもっと生きていたいと願ったのは、『バベル-17』をまだ読み終えていなかったからである。」(p.213)

 この本を読もうと思ったのは、本を読む人、本が好きな人なら読んでおくべきだという紹介を色々なところで目にしたためです。

 「とりあえず読むべき本が手に入ったし、本さえあれば、わたしはどんなことでも我慢できるからだ。」(p.35)

 主人公である少女は本の虫です。双子の妹がいたようですが、今はいません。さらに彼女自身、足に障害を抱えています。折に触れ、その辺の事情に母親が絡んでいるようなのですが、まだ全貌ははっきりしません。

 上巻を読みながら私が考えていたのは、本を読む人と一口にいっても色々なタイプがあるのではないか、ということでした。そして、どういうタイプなら自分は憧れて、どういうタイプなら自分には合わないな、と感じるのだろう、ということでした。

 私が端的に憧れるのは、倉田英之さんの『R.O.D.』というお話に出てくる読子・リードマンという女性です。彼女は寝癖そのまま、特殊任務で得たギャラを全て本代に充てるなど、本のことしか考えていないようなキャラクター設定になっています。風貌は眼鏡にコート、常に本が満載のキャリーバックを転がしています。高校の臨時教師で世界史を教えるなど、読んだ本の知識を実際に使っているようでありながら、役に立てるために本を読んでいるわけでもなさそうです。大事なものの喪失から逃避するために読みつづけている、という側面もありそうなのですが。要するに「バカ」なのです。実際、状況をともにしたエージェントから後先考えずに本を大事にする様を見られて「バカなの?」と言われてもいます。(ただし、直後に「使えないバカは嫌いじゃないわ」と言われていたハズです。ツンデレなだけ?)

 「トールキンの中つ国には、セックスはおろか色恋沙汰もほとんどなく、だからわたしは、現実の世界もそうだったらずっと平和なのにと思ってしまう。」(p.91)

 さて、このお話の主人公はどうでしょうか。彼女は本を読んで考えています。本を読んで得た知識や考え方を文脈・下地としてモノを考えています。見る人がみたら、小賢しいと言われてしまうかもしれません。

 「階級は手で触れるものではないし、階級が人や物に与える影響を科学的に分析するのも容易ではない。いちおう存在しない建前になっているが、あらゆるところに浸透しており、非常に強力だ。まさに魔術みたいではないか。」(p.114)

 役立てるため、合目的的に本を読んでいるわけではないし、純粋に楽しみのために読んでいる側面もあるとは思うのですが、でも、この主人公の読者としてのタイプは自分には合わないな、と感じます。好きとか嫌いとかではなく、自分はこの子のように本を読んでいくことはきっとできない、と漠然と感じます。

 「すべての人間が同じ失敗を犯してしまうのは、みな同じ人間であるからだ。」(p.208)

 ただそれはこの女の子が持っているような「厳しい現実」を本の外に自分が持っていないからかもしれないのですが。