坂木司リクエスト!『和菓子のアンソロジー』光文社文庫

 この本を読もうと思ったのは、坂木司さんが書かれた『和菓子のアン』が面白かったためです。この本は坂木さんが数名の作家さんにリクエストを出し、和菓子というしばりの中で書かれたお話のアンソロジーとなっています。以下に参加されている作家さんの名前を挙げておきます。小川一水木地雅映子北村薫近藤史恵坂木司、柴田よしき、日明恩恒川光太郎畠中恵牧野修(以上、敬称略)。

 今までに読んだことのある作家さん、読んだことのない作家さんいろんな方の短編を読むことのできる本だったのですが、未読の方では日明恩さん(「トマどら」)、柴田よしきさん(「融雪」)の本を読んでみたくなりました。

 「日本を離れて、遠くに行きたいと思ったのはたしかで、そう考えたとき頭に浮かんだのは砂漠だった。」(近藤史恵「迷宮の松露」p.121)

 こう思っているのは登場人物は遠くモロッコまで来ています。仕事で(精神的にも)行き詰まりを感じた果ての退職後の「休息」です。

 先日、修道院関連の本をいくつか読みました。また、お金を使わなければならないシステムに背を向けた人のことを書いた本も読みました。いずれも行き着く先が砂漠だったことに何かしら意味めいたものを勝手に感じました。ある特定の状態にあるとき、人間は砂漠を求めてしまうものなのでしょうか。と、思ったところで、仮に自分だったら鳥取砂丘くらいのイメージしか持てず小ささを感じてしまいます。正直に言えば、そう思った後で砂丘でこれまでに起きた悲しい出来事を思いだしてしまい、どこに行っても命を失う危険性はあるわけで、モロッコを目指すにしろ、国内を目指すにしろそんなことはコトの大きさには関係ないのかもしれない、とも思います。

 「帰りの駅で見た、雨のカーテンを前に、どうしようかとたたずんでいる女子高校生の、細い背中を。」(北村薫「しりとり」p.316)

 収録されているお話の中で一番しっくりきたのは、やはり北村薫さんのものでした。北村さんの「円紫さんと私」シリーズで「眠りました」というたった5文字にやられてしまって以来、客観的に見たらどうということのないものでも、当事者、非常に主観的な意味合いや、そのときその場所その人が、というまさしく時機を得たものの力のことが気になっています。今回の「しりとり」の中では上に引用した部分が私にとってそうでした。

 その「細い背中」を思い描いているのは、やがて彼女を娶ることになる男性、いや、娶った後に生涯をかけて彼女を大切にしたであろう男性です。2人の間を流れた夫婦の時間の始まりがどこだったかは終わりを迎える頃にこそ明瞭になる。「その背中」を始まりとして回想できることこそ、逆にその後が確かにあったことを示してくれる。

 私はやはり静かに渋味を感じさせてくれる文章が好きなのだと思います。