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津村記久子『とにかくうちに帰ります』新潮社

「世界が平和であることを祈るように、今はうちに帰りたい。」(p.153)
ずっと気になっていることがある。非常時でも出勤せねばならない、という大半の人がきっと抱くであろう強迫観念のことだ。日常の中で冷静に考えればそんな状況下で会社に行けなかったところで瑕疵はない。むしろ、自分の身を守った方が賢明だ。なぜ是が非でも会社へ行かなくてはいけないと思うのか。
社畜。その一言で説明は足りるのかもしれない。
出勤の起点は家であり、終点は職場である。では、始点と終点が逆の場合は?
職場にいて自然災害が起こり帰宅が困難な場合、どんな風に感じるだろう。やはり「とにかくうちに帰ります」と思うのではないだろうか。ただ、その前提は出勤時とは違う。「うち」は内でありアウェイではない。ホームには安らぎがある。少なくとも、そういう風に思えるのだ。「うち」に帰ってさえしまえば、ありえない豪雨も何もかも(心の中で)なかったことにできる(ような気がする)のだ。
「人生がうまくいってるに越したことはないですよ」(p.77)
現実がどうあれ、うまくいってるように思い込むことができるのだ。「うちに帰り」さえすれば。
ただ、出勤にしろ帰宅にしろ断念する方向に気持ちが向きにくいのは、その過程で命を落とす可能性が低く見積もられているからだろう。
「どうもお手数おかけしました、とオニキリは一礼して、そいじゃ、気をつけて帰ってください、と言い残し、事務所を去っていった。」(p.99)
何気ない別れの挨拶が今生のものになるなんて、実は容易に起こりうるのだ。