読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

梨木香歩『水辺にて』筑摩書房

「水の不思議さは、この上なく透明で清冽でありうるとともに、とんでもなく澱む可能性も併せ持っているということだ。そしてその両極の世界観を一瞬にして反転させるような『無』すら。」(p.38)
梨木香歩さんの小説はそれほど読んでいません。有名?な『裏庭』や『西の魔女が死んだ』は正直言って少し苦手な感じを受けました。一方、『からくりからくさ』や『りかさん』は好きな感じがしました。相反する二つの印象を受ける小説を書く人、そういうイメージでした。いずれにしろ、気になる人、ということだったのだと思います。エッセイを読めば人となりについて知ることができるのではないか、そんな思いと題名が気になって読みました。
「少なくともはっきり言えることは、もともと弱くて臆病な人間にこそ、見える景色があり、持てる勇気がある、ということ。最初から勇猛果敢で戦闘的な人間には、勇気を奮い起こす必要などないのだから。」(p.179)
読み終わって感じたのは、梨木さんの静かさでした。それもまた勝手な印象にすぎないのですが、小説を読んでいてイメージしていたのは芯が強すぎるというか自分と合わないものとは戦闘も厭わないという人間像だったのですが、ちょっと違っていました。
人間の無意識というか、表にはっきりと表れていない部分を水面下と形容することがあると思います。書かれていることは見えるけれど書かれていないものは見えない。本という物体も境界という意味では水辺の類似物かもしれません。
「あの子は最後の最後でそう思えただろうか。」(p.157)
この文は本文の流れから言って唐突に出現したように見える文です。でも、「あの子」について本の前半部で言及がある。文章に現れない部分で「あの子」について想いは巡らされていて、それが何かをきっかけに表出したかのように見える。
自分では考えていると思ってもみなかったことが、一見関係なさそうなことに触発されて浮き出てくる。そんな風に自覚が促されることもあるな、と考えました。