星野博美『戸越銀座でつかまえて』朝日新聞出版

「ここにいるのは、生きている人ばかりだ。死んだ人は、ここにはいない。なんと強運な人たちだろう。」(p.102)
私が星野博美さんのエッセイを読んでしまうのは、本の中に自分が好きだろう考え方を予め期待できるからだと思う。
「いつも同じ道ばかり選んでいた。どの道も平等という感覚は失せ、思いきり道をえこひいきしていた。けっして歩かない道がいくつも存在しているのだった。」(p.72)
毎日生活を送っている狭い近所の中でも通る道と通らない道がある。自分が踏破した道を記録して可視化できたらなら、日本地図の中でさえもほとんどが未踏となるだろう。そんな風に考えることがあっても、それは自分の中だけのもの。活字になった別人の似たような発想で心強さを得ているのかもしれない。その心が向く対象が何なのかは分からないままなのだけれども。
「そうあるべき職業の人がそうではないケースが世の中には多すぎて、心が痛む。」(p.44)
自分が持つ愚痴に似た想いを代弁してもらうことで溜飲を下げているだけなのかもしれない。
「自分のやり方が守れるなら、生計を立てる方法は何でもかまわないと、いまでも思っている。」(p.5)
木皿泉さん脚本のあるドラマで登場人物が自分らしい仕事って何をするかじゃなくて、どうやるかじゃないの?という主旨のセリフを口にしている。私が星野さんのエッセイの中で予め読みたいと思っている言葉は、木皿泉さんのドラマに出てくるものと似ているのかもしれない。
「もはや守られる立場ではなく、彼らを守らなければならない立場なのだ。」(p.231)
他人の言葉に依りかかるのではなく、自分の言葉を使わなくてはいけない、と読みながらまた思う。