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アンドレ・ケルテス『読む時間』創元社

この本を読もうと思ったのは、過去にした個人的な体験のためです。以前、知人と待ち合わせたときに先に来ていた知人は本を読んで待っていました。お店に入って見たその読書する姿はとても様になっていて、どうがんばっても自分はこの人には勝てないのではないか、というような感じを受けました。以来、人が本を読む姿がどう見えるのかということが気になっています。この本は本を読む人を撮った写真集でした。
この写真集を見ていて思ったのは、病室のシーンがないな、ということでした。自分が家の外で本を読む場合、これまでの人生で一番多かった場所は多分、電車の中でその次が病院の中だと思う。本を読むという行為だけではなく、どういった場所で読んでいるのか、何かを待っている最中に読んでいるのか、ただ読むためだけに読んでいるのか、そういった環境のフレームのようなものも読む姿の認知には影響を与えるかもしれません。
テレビの場合には全く感じないのに、ラジオを聞いているとどこか離れた場所にいる見ず知らずの人も同じ番組を聞いている、ということを感じます。この『読む時間』に収録されている写真を見ていても、自分が何かを読んでいるとき、別の場所で名前も顔も知らない人が同じように、もしかしたら同じ本の同じ箇所を読んでいることもあるのかもしれない、そんなことを想像してしまいます。それは冒頭に収められている谷川俊太郎さんの詩の影響かもしれないのですが。

そして思います
いまこの瞬間この地球という星の上で
いったい何人の女や男が子どもや老人が
紙の上の文字を読んでいるのだろう (p.4 谷川俊太郎「読むこと」)