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七河迦南『空耳の森』東京創元社

この本を読もうと思ったのは、『七つの海を照らす星』『アルバトロスは羽ばたかない』が面白かったためです。日常性のミステリ(一応)の短編集で以下の9話が収録されています。「冷たいホットライン」「アイランド」「It's only love」「悲しみの子」「さよならシンデレラ」「桜前線」「晴れたらいいな、あるいは九時だと遅すぎる(かもしれない)」「発音されない文字」「空耳の森」。
読みおわって思ったのは空耳はどこから聞こえてくるのだろう、ということでした。
「でもそのメッセージは誰のためのものだった?」(「発音されない文字」p.273)
七河さんの前作『アルバトロスは羽ばたかない』を読んだときに思ったのは『七つの海を照らす星』がきちんと読めたかどうかのテストのようだなということでした。『七つの海を照らす星』がちゃんと「読めて」いれば、『アルバトロス~』でミステリになっていることはきっと謎でもなんでもない。「空耳の森」の最後で示される「謎」が分かる人にとっては「一目瞭然」であるように。
空耳はどこから聞こえてくるのか。実際に鳴っている音は聞こえた音とは違う。だから空耳というのだと思いますが、そういう風に聞いてしまうのはどうしてなのか。
「発音されない文字」を発音する人もいる。発音しないことしか知らない人が発音された文字を聞いたとき、どう聞いてしまうのか。
「懐かしい声が聞こえた気がする。」(「発音されない文字」p.278)
実際にはないものを聞いてしまうのは自分の中にその音・声があるから。
メディア論の中にはホットなメディア・クールなメディアという区分があるそうです。受け手の参加度が低いのがホット、高いのがクール。『空耳の森』の最初の話数は「冷たいホットライン」でした。先に述べた「空耳の森」の最後の「謎」が読者にとってのものだとしたら、「冷たいホットライン」は読者に対するクールなメッセージになっているように思います。これは私が『空耳の森』を読んで聞いてしまった空耳のようなものだと思います。