佐藤郁哉、芳賀学、山田真茂留『本を生みだす力』新曜社

この本を読もうと思ったのは、主に学術系の書籍を刊行している出版社について、その過程を扱った事例研究が載っているというところに興味があったためです。扱われていたのは、ハーベスト社、新曜社有斐閣東京大学出版会の4社でした。
この本の中で「ゲートキーパー」という言葉が度々登場します。社会の中で学術的知の品質管理を出版を通じて行っているとするもので、出版社が担う役割と考えられています。正直言って、最初この本の題名を見たときに、象牙の塔のような閉鎖的な世界のお話で、世間一般とはズレた矜持を持った人たちのお話なのではないか、と予断を持ってしまっていて、この「ゲートキーパー」という言葉に接してますますその予断は強くなってしまいました。
「『文化的価値』が人間の活動と独立した形で客観的実在として存在するということの信憑性が失われ、その内容が誰の目にも明確にとらえられることができなくなった結果、『目利き』としての編集者の判断の基準も、究極的には個人の嗜好にあるとされるようになったのではないだろうか。」(p.316)
仕事をする理由を問われた編集者がその答えを「志」から個人的な「面白さ」へとシフトさせてきていることについて上のように考察されています。私は予め、学術書を出版する人たちは、学術的知、文化的知識というものが世間の中でも依然として価値あるものだと信じて疑っていないのではないか、と考えてしまっていましたが、それは違っているようです。ズレは自覚的にしろ無自覚にしろ把握されているようです。
あと、面白かったのは、本の面白さと「会社」としての優劣がズレているように感じられた点です。
新曜社有斐閣では、前者が業務基準のようなものが曖昧で後者がきっちりしている印象を受けるし、売上や規模としても後者の方が大きくて「会社」としては有斐閣のほうが効率・合理的な印象を受けるのですが、本を考えたときに、これは個人的な嗜好ですが、新曜社の本の方が面白そうだなと思える本が多くて、いい出版社だな、という印象を受けます。
出版社を経営する面から言えば、有斐閣の方が「会社」として整っている印象を受けて、仮にどこかの出版社が業務のやり方などを変更しようとしたとして、その動機が業務の効率化というかシステマチックな方向への変化が企図されているのに、「いい出版社」というイメージで「新曜社のような出版社へ」という理念を持ってしまったら、ゴールと具体化された方向がちぐはぐな感じがして、そんなことが気になりました。
と、言うのも東大出版会の設立経緯が書かれた箇所で、外国の大学出版局のようなものを目指したい旨の発言があったようなのですが、それはある業務手順の組織体としての目標としてではなくて、漠然としたいい学術書を出している出版社というイメージに沿った目標だったようで、偉い人から目標を漠然と呈示されたときに、それを具体化する現場の人間が同じ言葉(たとえば外国の大学出版局)を使いながらも、違った姿を描いていたとしたら、そこで行われる仕事はしんどいものになるような気がするためです。
この本全体を通じて感じるのが、単純じゃない、という印象で、人が生きている周りを人間も含めてとりあえず「社会」と言ってよければ、社会学はその「社会」の複雑さ、その網のようなものに絡めとられながらも人は生きている、ということを伝えるものだという思い込みが私の中にはあるので、そういった複雑さが描かれているこの本は社会学の本としていい本だな、と感じながら読みました。