青山七恵『お別れの音』文藝春秋

この本を読もうと思ったのは、題名が気になったためです。以下の短編が収録されています。「新しいビルディング」「お上手」「うちの娘」「ニカウさんの近況」「役立たず」「ファビアンの家の思い出」。
「もう バイバイの音がきこえる もう バイバイが響きはじめる」(熊木杏里『バイバイ』)
この本の題名をみて思ったのが、熊木杏里さんの歌のことでした。「バイバイの音」とは、どんな音なのだろう。これが別れだよ、とその人にだけ教えてくれるような音があるのだろうか。何かの別れを経験したときに流れていた音楽、鳴っていた音、それがその後の人生の中で「別れの音」になるのかな。逆に、お別れの瞬間だと自分が感じているときにその音が聞こえるようになるのかもしれない。その人だけの『別れの曲』。
「もう一度あの男の顔を、今度は堂々と真正面から見てみたかった。」(「お上手」p.60)
この本には表題作がありません。でも、『お別れの音』と題名がついていると、どのお話を読んでいても別れだったりおしまいを探してしまいます。そうやって読んでいて、変だなと思ったのが「お上手」でした。どう考えても描かれているのは、始まりであって、別れや終わりとは反対のことのように思えたからです。
「これからこの人を知っていくのだ、という心地よいあきらめが、舌に残るコーヒーの苦みと一緒にじんと頭にしびれた。」(「お上手」p.73)
何かを始めることが、何かの諦めを含むとしたら、「始まり」の中で聞いている音は、実は「終わり」の音かもしれなくて、「お別れの音」は確かに鳴っているのかもしれないな、とぼーっとしました。