ウィリアム・J・コイル『アメリカの刑務所図書館』日本図書館協会

この本を読もうと思ったのは、『刑務所図書館の人びと』を検索していて偶然この本を知ったためです。
「とくかく一体これはだれのための図書館なんだ?」(p.2)
以前、何かの本を読んでいて気になる記述がありました。多分、香港のことを書いた本だったと思うのですが、子どもが図書館から借りた本を読んでいる、ということが書かれていました。図書館から借りたということはおそらく、無償なはずです。その本では、その社会が自己責任が追及される旨書かれていました。自己責任が強く言われる中で、図書館サービスが成り立っているとしたら、どんな理念を持ち、どうやって正当性が担保されているのだろう、と気になりました。
「刑務所図書館サービスの正当性は、プログラムの意図した効果が州によって設定された矯正目的に一致してはじめて存在するのである。」(p.96)
公共図書館」と言われた時に、漠然とですが、それを正当性のあるものだとするお話は連想できます。知る自由を守る意味合いでの資料への接触機会の平等担保など。では、それが「刑務所図書館」だった場合、どうなるのだろう、上で述べたような自己責任を強く言うような社会に反映された公共サービス観と図書館の関係が気になるのと同じような関心がわきます。
印象的だったのは、刑務所図書館に携わる人たちが、矯正目的に合致した図書館サービスを打ち立てるよう要請されていると認識していないので、自分たちがよく知っている図書館をモデルとしがちだというお話でした(p.92あたり)。そのよく知っている図書館とは公共図書館です。