内澤旬子『身体のいいなり』朝日新聞出版

この本を読もうと思ったのは、大野更紗さんの『困ってるひと』に関する話題の中でお見かけして気になったためです。
「世の中にはもっともっと苦しい、それこそ文字通りの『闘病生活』を送っている人がたくさんいる。それに比べたら私の癌なぞ書くほどの体験とは思えない。」(p.4)
こういう本を読もうと思った時に私は身構えてしまいます。読みながら著者と自分との間で不幸競争を行ってしまうことは予め分かっているからです。そして、その不幸競争で負けている方には何も言う資格がないかのような空気を感じてしまうことも分かっているためです。でも、そんなことを言い出したら、一番「不幸」な人しか、自分の苦しみや痛みや窮状を訴えることはできなくなるのだけれど。
「どうしてもあなたと私の残された時間を比べてしまう。切り取り捨てた内臓や肉片の大きさを比べてしまう。」(p.193)
内澤さん自身、「同じ」がん患者の中でも他人と自分とを比較してしまうことに思いを馳せてらっしゃいます。
闘病に関する本の感想の中で、著者と比べて「酷くない」状態の読者が、それでもがんばっている著者の姿に触発されて自分もがんばろうと思った、といった風なパターンのものがあるように思います。そして、それは読んだ本人ではなくて、誰か他の人に向けられる場合もあると思います。著者でもがんばっているのだから、あなたはもっと頑張れるはずでしょ、といった風に。そんなとき、その人は誰かを頑張らせるために病気になって苦しんでいるのかな、とか、その人の病や苦しみや辛さが別の人に利用されているように感じられて、とても戸惑います。
なので、こういった本を読むときは、とても緊張します。