小池昌代『わたしたちはまだ、その場所を知らない』河出書房新社

この本を読もうと思ったのは、単純に題名が気になったためです。なんとなく、沼田まほかるさんの『彼女がその名を知らない鳥たち』を思い出してしまうような題名です。
「確かにキモイのかもしれない。詩なんてこっそり書くもので、こんなところで発表するものではない。」(pp.24-5)
「詩は、こんなふうに、どこへいっても、わからない異物とされる。」(p.114)
国語教師と、詩を解する生徒2名とが中心(多分。)で、描かれていた学校生活のお話だったような気がします。
読んでいて私が感じたのが著者の詩そのものや詩に付帯する言説や評価に対する過剰な想い入れです。詩の世界(とそこに存在する人間たち)は、作中、登場人物が言っていたように「普通は」受け入れられなかったり、分かってもらえなかったりするものかもしれなくて、でもそれを救い出すというか、掬い出すというか、そうしたい想いのためにこの小説が書かれているように感じてしまいました。
「詩を書くのなら、ああいうふうに、母国語である日本語の外側へ出なければならない・・・・・・戦いだわ」(p.90)
その切っ先が向かっているのは、藁人形ではないのかな、とも思ってしまいました。
ただ、「坂口先生は先生だ。しかし先生の小説には筋しかない。筋のまわりにあってしかるべきものが、あまりにもなくて骨だけである。」(p.145)と国語教師が書いたお話を生徒が評している部分があったりして、もしかして、この『わたしたちはまだ、その場所を知らない』から私が感じたことは、この本を読む人がそう感じるように意図的に書かれているのかな、とぼんやりしました。