中村航『あなたがここにいて欲しい』祥伝社

この本を読もうと思ったのは、ちょくちょく読んでいるブログの方が中村さんの本が好きなようで気になっていたためです。以下の三つのお話が収録されている本でした。「あなたがここにいて欲しい」「男子五編」「ハミングライフ」。
ドラゴンクエストで巨大化したデスピサロを倒したとき、俺はやり遂げたと思った。」(p.149)
ドラゴンクエストⅣ』が最初に出たのは、私が小学生の頃でした。当時プレイしていても、デスピサロとロザリーの関係や、ロザリーを亡き者にした人間の強欲、デスピサロの悲哀と怒りなんてものは、これっぽっちも理解できませんでした。ただ、主人公側が倒すべき相手、最後のボスとして設定されているから倒すべき悪に違いない、と思ってプレイしていました。ついでに言えば、最後にマスタードラゴンが助けに来ても来なくても、主人公たちはデスピサロを倒すためにあの場に向かっただろうし、ということは自分たちが犠牲になることも折り込み済みだったのかな、というようなことも考えることもありませんでした。
「もしかしたらもう一生、又野君に会うことはないかもしれない。東京に出てきて三年になる吉田くんは知っていた。そういうことは案外、簡単に起こってしまう。」(「あなたがここにいて欲しい」p.26)
あれから20年あまりが経ちました。同じような場面、同じような展開に接しても、分かってしまうことも少しは増えたような気がします。『天空の城ラピュタ』の最後の対決のシーンでパズーがシータに「おばさんたちの縄は切ったよ」と言うのが単純にドーラたちは逃がした、という意味ではなくて、崩壊の呪文で自分たちが危険になっても、彼女たちがそれに巻き込まれる心配はない、という意味まで含まれているんだな、ということを感じる程度には。
「半年前、私にこの文章が書けただろうか。一ヶ月前だったらどうだろうか・・・?」(「ハミングライフ」p.184)
自分は大して変わらず、ただ無駄に時間を浪費しているだけかもしれない、漠然とそう感じているかもしれません。それは簡単な道を歩いているだけかもしれません。でも、少しかもしれないけれど、過ぎた時間の分、自分もなにかしら変わっているのかもしれないなあ、と読みながらぼんやりした本でした。
「一番簡単なことが、実は一番難しいということも知っている。」(「男子五編」p.158)
「あなたがここにいて欲しい」という言葉は、もともとは洋楽の歌詞で、仮定法過去とのことです。あなたがここにいる可能性の低さを話者はよく分かっているわけです。でも、いて欲しいと願うのは、自分と一緒にいて欲しいからかな。昔の自分だったら、きっとそう思ったと思います。「あなたがここにいて欲しい」の後に「(自分はいなくなるけど)」といった風な言葉が続く可能性を考えられるのが、昔と今の違いかな、と思います。