ジャン=ルイ・フルニエ『どこ行くの、パパ?』白水社

この本を読もうと思ったのは、あるブログの記事を読んだためです。
「この本について、語ってはいけない。一読にまさるものはないからだ。」(p.161)
翻訳者である河野万里子さんは、フランスのル・モンド紙の言葉として上のように挙げています。
アリー・myラブ』というドラマがあって、その中で女性弁護士が訊問が終わっているのに判事と話をしていて、元同僚から「彼女は終わっています」と言われるシーンがあります。訊問が終わっている、という意味での「彼女は終わっています」ですが、お話の文脈を考えると、彼女にまつわるいろんなものが「終わっている」ことを指してしまう可能性を含んでしまうシーンです。
『どこ行くの、パパ?』という題名からは、同じように別の意味合いを含むことが感じられます。言葉の上では、車に乗っていて、行先を父親に尋ねるだけの子どもの言葉。でも、子どもの障害を知っている父親にとってみれば、それは「これから、どうなるの?」という問いかけに聞こえるのかもしれない。
「きみたちのおかげで、ふつうの子をもつ親よりよかったこともあった。勉強の心配も職業指導の心配もしなくてすんだし、理系か文系かで悩むこともなかった。将来なんの仕事につくのか気をもむこともなかった。すぐにわかったから、なんにもしない、と。」(pp.4-5)
でも、この本を読んでいると、フルニエさんの心はじっと子どもたちに向けられている、と感じて仕方がありませんでした。