坂木司『切れない糸』東京創元社

この本を読もうと思ったのは、あるブログの記事を読んだためです。
家業であるクリーニング店を継ぐことになった男性が主人公の短編連作、日常性のミステリでした。以下、各話数の題名です。「グッドバイからはじめよう」「東京、東京」「秋祭りの夜」「商店街の歳末」。
「全てを諦め、捨ててきたような投げやりな雰囲気。俺は、こういうのが大嫌いだ。」(「秋祭りの夜」p.206)
この本の中で一番印象に残った箇所です。減量している人が諦めて大食いしているシーン。倹約していた人が諦めて浪費しているシーン。どうなってもいいや、と深夜を一人無防備に帰っていく人。私には哀しいなと感じたり嫌だな、と感じる光景があります。でもそれがうまく言葉にできない感じがしていました。多分、そこの「捨て鉢」という言葉を見てしまっていたからだと思うのですが、それでもしっくりしない感じがしていました。上に引用した箇所の言葉がしっくりきているかというと、そうでもない気がしますが、言葉としてちゃんと捉えられなくても、それを許せないという気持ちの存在は認めた方がいいのかな、と思える箇所で印象に残ったのだろうな、と思います。
「きちんと機能してる商店街ってのは、小さな規模のプロフェッショナル集団だと俺は思う」(p.250)
お話の随所で主人公はある人のことを想います。彼だったらどうだったのだろう、自分は彼と比べてどうなのだろう、と。タイトルの「切れない糸」はうまく機能している商店街のように人と人のつながりを示すように読む前は予断を持っていました。でも、読みおわって思うのは、切れない糸のその先にあるのは、もうここにはいないその人のことで、そんな見えなくなった人たちとのつながりもまた作中の言葉を借りれば、凧を地上に繋ぎとめるものなのかもしれないな、と思います。