hakuhodo+design/studio-L『震災のためにデザインは何が可能か』NTT出版

この本を読もうと思ったのは、震災の際に発生する課題をデザインによって解決するにはどうしたらいいか、そのアイディアがいくつも載っている本だとどこかで読んで興味があったためです。
「見えないものを可視化し、語ることなく利用者に気付かせて、そっと背中をしてあげる、そんなデザインです。」(p.154)
震災時に限らず、多くの人がうまくできないことがあるとき、それを解決できる何かうまい方法がないものか、と考えてしまいます。
身近なところではゴミの分別。資源(紙)と資源(プラスチック)と可燃物など、行政が指定するカテゴリ名と、そう分けて捨てる現物とが違っている場合、捨てる人が間違って捨ててしまって困ってしまいます。ゴミ箱は分けられているのですが、どのゴミをどの箱に捨てればいいかが分かりにくいために起こる問題です。指定のカテゴリ名の代わりに間違えやすいものだけ現物を貼っておいて注意をうながすか、別のカテゴリ名を考えて分かりやすくするか、など考えたりしている内に、間違って捨てる人の怠慢を責める態度と、多くの人が間違ってしまうようになっている仕組みの方を考える態度の違いを思ってしまって、前者なら、気をつけてくださいなど個人を責めるだけで終わりそうですが、後者の方ならもっと前向きな対処ができるような気がしてきて、この本のこと、というか広くデザインのことが最近気になるのだと思います。
この本の中で印象的だったのは、情報掲示板の鮮度をメモについている色のグラデーションで示すアイデアです(pp.62-)メモ用紙の下部に色がついていて、後ろの方のページへと色がグラデーションになっています(1枚目から順々に最後の枚数へ向かって色が濃くなっています)。後ろの方のメモが使われるのが時間的に最近のはずで、グラデーションの濃淡によって情報の新旧も直感的に分かるようになっているものです。
これが印象的だったのは、うまいアイデアだな、と思うとともに自分にとって厳しいものだな、と思ったためです。個人的な話ですが、私は色の識別が苦手です。今使っている多色のボールペンはノック式ですが、ノック部分の緑色が若干濃く黒色が薄いので、どちらが黒で緑か分からず、書いてみるまでどっちの色か分からなくて困っています。色による区別は直感的で分かりやすいからそうなっていると思うのですが、このボールペンの例では、例えばGとBなど文字による区別の方が個人的には便利です。なので、グラデーションによる区別は多くの人にとっては便利だろうけれど、個人的には辛いだろうなと思って印象的でした。
この本を読んでいて感じるのが、デザインする人たちの課題解決に向けるポジティブな姿勢なのですが、デザインに人を誘導する力があるとしたら、それは、見えるものを見えなくし、語ることなく利用者から隠し、そっと足を引っ張ることにも使える気がして、そっちの可能性も気になってきます。

使いづらいものは、使う頻度が下がって、大事なことでも放っておくようになるものだから。