ジュリアン・ジェインズ『神々の沈黙』紀伊國屋書店

この本を読もうと思ったのは、昔は人間に意識はなかったということを説いた本だと聞いて興味を持ったためです。
「古代人は私たちのような意識を持たず、自らの行動に責任があったわけではなく、それゆえ、何千年という長大な期間になされたいかなる行動も称賛や非難に値しないこと、そのかわり、個々の人間の神経系には神のような部分があり、彼らは奴隷のようにその命令の言いなりだったこと、その命令は一つあるいは複数の声の形をとり、その声はまさに今日で言う意志にあたり、命令の内容に力を与え、また念入りに設定された序列によって他者の幻の声と関係づけられていた」(p.242)
その部分まではなんとなく分かる気がしました。それは卑近な例を敷衍すればありえることのように感じるためです。
良く知らないところへ行くときは、最初のうちは経路の全てを意識していなければいけないのですが、慣れてくると全く意識せずに気が付けば着いている、ということもあって、他の全ての事も同じように意識せずに行われて終わっていくとしたら、意識がなくても事が進んでいくことってあったんじゃないのか、と思ってしまいます。
で、その後の意識の誕生?の変遷は言語資料(『イーリアス』とか『オッデュッセイア』とか)を使ってたどられていくのですが、その部分はよく分かりませんでした。
「この変化がただの言葉の変化にすぎないと考えてほしくない。言葉の変化は概念の変化であり、概念の変化は行動様式の変化なのだ。」(p.353)
ということ自体は分かるのですが、対象となっている言語資料が誰の言語だったのだろう、と考えてしまって、一部の人たちだけのものだったとしたら、そこで誕生したものが消えることなく一般のものとなっていったのはどうしてなんだろう、と素朴に思いました。