磯谷友紀『本屋の森のあかり』9巻 講談社

本屋の森のあかり』というマンガの9巻目を読みました。
この巻でテーマとなっていたのは『ドン・カルロス』、「火をほうっておくと、消せなくなる」、『チップス先生さようなら』でした。
「なかったらないで構わないんだけど もしあったらすごい嬉しいって そういう本ってない?」(p.59)
ドン・カルロス』がテーマな話数が一番好きだったかもしれません。上に引用したのは、絶版となっている『ドン・カルロス』を店頭で発見したお客さんのセリフなのですが、『ドン・カルロス』自体が扱っている友情にも同じようなことが言える気がします。いなかったらいないで構わないけれど、もしいたらすごい嬉しい人。「いなかったらいないで構わない」の部分がとれるかどうかが異性に関すれば恋愛と友情の境、かもしれないなー、とぼんやりします。
「火をほうっておくと、消せなくなる」の回では、登場人物たちが好きだとしている作中のセリフが良かった、というかいろんなことを連想してしまって私も好きでした。
「おまえは、自分はなんでも見えているが わしにはなにも見えてないと、思っているんだろう。ところが、そうではないんだぞ。」(p.101)
世界中を回っている若者に対して、家のなかで半ば寝たきりの老人が言ったセリフなのですが、正岡子規さんを連想してしまいました。『病床六尺』。さらに、吉本ばななさんの『TUGUMI』の中で主人公のつぐみが病気がちで床に臥すことが多いのに、世の中のことを自分が知ることができるのだろうか、といった感じの弱音をボーイフレンドに吐露するシーンがあったと思うのですが、そこで彼が言ったことも思い出してしまいました。
この巻のp.67を読んだ瞬間に「キャー!!」と言ってしまえるようなパーソナリティだったら、もっといろんなことを健やかにやりすごせるのにな、と思ってもしまったのですが、p.67で彼がやったことも、一種の「消火」だったんだな、と思うと、「玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする」をも連想してしまって、岡目八目って、ほんとそうだな、と思います。
最後のに『チップス先生さようなら』ですが、個人的に最後の方で、チップス先生に対して、子どももいなくてさびしい人生だったんじゃないか、と言われたことに対して「(子どもなら)いる。」と言ったシーンがとても印象に残っていて、そこに絡めたお話になるのかな、と予断を持っていたのですが、違っていて、でも使われている箇所がうまい使われ方をしているような気がして、「本に答えが書いてないものだろうか」(p.179)という登場人物が見つけた箇所だったのですが、『四十九日のレシピ』で悩んだら川へ行けば答えが見つかるよ、という感じのセリフがあって、それを文字れば、本の中にも答えがあるのかなー、とぼーっとしました。