窪美澄『ふがいない僕は空を見た』新潮社

この本を読もうと思ったのは、今年の本屋大賞ノミネートだったのと、題名から柴田淳さんっぽさをなんとなく感じてしまって興味を持ったためです。
性と生にまつわる短編集なのですが、最初のお話は「女による女のためのR―18文学賞」受賞作、らしいです。以下各おはなしの題名です。「ミクマリ」「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」「2035年のオーガズム」「セイタカアワダチソウの空」「花粉・受粉」。
「本当に伝えたいことはいつだってほんの少しで、しかも、大声でなくても、言葉でなくても伝わるのだ」(「花粉・受粉」p.200)
この箇所を読んだときに、フっとした感じがしました。大事なことはほんとは少ないのかもしれない。その要さえ押さえられれば、後の事は適当でいいのかもしれません。
「あなたは十分がんばったよ。母親失格かどうかなんて、死ぬまでわからないよ」(「花粉・受粉」p.203)
性や出産に関する「こうあらねばならない」ものから逸脱していくことは、人として間違っていると規定されることなのかもしれません。でも、多くの人は、「こうあらねばならない」と知ってはいても、その実際に触れることは少ないのかもしれない。たいていは、自分についての数回だけ。
「この先生は、今日、何回、妊娠できなかったということを女性たちに告げるのでしょうか。」(p.33)
「こうあらねばならない」という呪縛から逃れる術は、それを見続けることかもしれないな、と読みながら思いました。