宮部みゆき『あんじゅう』中央公論新社

この本を読もうと思ったのは宮部さんの本だったためです。定期的に宮部みゆきさんのお話を読みたくなります。
三島屋という袋物屋のお嬢さんに語って聞かせる怪談(っぽい)お話とそれにまつわる騒動などが描かれる連作短編集でした。『おそろし』という本の続編にあたるようです。本編として以下のお話が収録されています。「逃げ水」「藪から千本」「暗獣」「吼える仏」。
「『作り話だ』と思っても、日々、様々なことを堪えて大人になろうと踏ん張っている直太郎が、それに飛びついて己を納得させてしまうことを危ぶんでいるのだ。」(「暗獣」p.347)
この本では、この世のものではない存在、人外の存在がそれほど疑われることなく語られるのですが、そういった存在に照らし出されているのは人間の方で、妖怪や幽霊の類は人間の中にある汚いものや嫌なもの(時にははっきりとは言えないいいものや美しいもの、暖かいもの)を捉えるための方便なのではないかと感じられます。
そして、それがもしも自分を納得させるための使われるとしたら、余所で読んだ自分を救うための「真実」とも通じているように思います。ただその「真実」にも種類があって、百物語の形をとって語られるそれによって、その「真実」を選ぼうとしている人がいい方向へ向かっているのか、悪い方向へ向かっているのか感じるところはあると思います。
「人恋しいという〈想い〉にとって、人はそれを、消す存在なのである。」(p.427)
寂しさは、誰かや何かの存在で消えてしまうのかもしれない。でも、その足りた状態は、寂しさ抜きで捉えきれるものなのかな、とも思います。もしも寂しかったことを忘れずにそれも含めて満ち足りた状態を抱えることが自分を救う「真実」だとしたら、とても難しいことだな、と思います。
活字版『夏目友人帳』のような感じで、好きな本でした。