岩永亮太郎『Pumpkin Scissors』14巻 講談社

パンプキン・シザーズ』というマンガの14巻目を読みました。
「悪を討つというのなら それは正義ではなく″機能″として討つべきだ」(p.46)
この巻の中で、科学技術の発達の必然性について語られているシーンがあります。科学自体に善悪はなく、いい使い方と悪い使い方があるだけだ、という考えを聞くことがあります。科学技術ではなくて、人自身が機能として悪を討つとするなら、その機能を利用する側へ善悪は帰着するのかもしれません。上のセリフは主人公である女性のものですが、自分たちが民衆に利用される機能であるべきだと言うのなら、その機能であることを選んだのは自分だという点を忘れてはいけないと思います。そして、悪を討つという機能たらんとするのなら、民衆が悪であった場合、迷わずに民衆を討つという覚悟も持っていなくてはいけないと思います。そういった主体性の忘却がこの巻の後半で出てくるテロリストたちに体現されているように感じられました。主人公たち/テロリストたちという対立軸があるとするなら、彼女の姿勢とテロリストたちとの異同がとても気になってきます。