矢野耕平『iPadで教育が変わる』マイコミ新書

この本を読もうと思ったのは、教育、というか実際の授業現場にICTが導入されていくことに興味があるためです。

「ちなみに、パソコン入力はかな変換」(p.5)

読みはじめて少しして、大丈夫かなあと思いました。矢野さんがご自身がアナログ人間であることを堂々と宣言してしまって、むしろ素人目線を売りにする本であるように書かれていたためです。

iPadなどのデジタルガジェットが教育そのものを変容させることは決してない。それらはあくまでも教育ツールのひとつに過ぎない。」(p.188)

読んでいて拍子抜けするように感じたもう一つの理由が、書いてあるはずだと期待していたことが書かれていなかったことです。こういったタイトルの本を読むと、情報機器の発達などで、明るい未来が拓けているという底抜けに明るい理想主義が書かれている、と無意識に前提してしまうのですが、それがなくて、便宜的にデジタルネイティブと前世代という対比を使うとしたら、新しい技術を昔の世代は自分たちの世代にあったものの代替として使うことから始める、という説をどこかで聞いたことがあって、教育は変わらなくて、ツールが変わるだけだというような考え方は、その説を思い出させます。

矢野さんは、教育といったときに教える者と教えられる者を前提とされているようなのですが、他の業界でも言われることがあるように、こういった情報機器の導入は、やがて教育の中抜きとでも言える状況を出来し、学ぶ者が何を使って学ぶかといった学習概念のようなものしか残らないようになっていく可能性もあるように思いました。

『ウェブで学ぶ』の中で、そういった教育の中抜きのような懸念に対して、縛りがないと勉強しないような弱さが人間だから、そういった縛りがある学習形態は必要とされる、といったように書かれていた気もしますが、いろいろな「職人芸」が葬り去られていく中で教育だけがそれを免れることってあるのかな、と素朴に思いました。