小林啓倫『AR:拡張現実』マイコミ新書

この本を読もうと思ったのは、AR(augmented reality)に興味があったためです。

ARのことを初めて知ったは、たしか10年くらい前に読んだ舘さんという方が書かれたヴァーチャルリアリティの本でだったと思います。そのとき例とされていたのが、脳の手術での使い方で、予め撮影された画像を手術時に患者さんの頭蓋に投影することでやりやすくなる、という感じのものでした。

読んでて思ったのが、ドラえもんの道具が現実になってきているなあ、ということでした。例えば、Tobi.comのことが書かれているのですが、これなんか「きせかえカメラ」だし、何年か前に「空気クレヨン」が現実に、と紹介されていたのもAR技術でした。

あと、感傷的な例もあげられていて(p.128-)、前に廃校になる学校の最後の日々を記録した連続CMをみたことがあります。今日、supercellという人たちの『さよならメモリーズ』という曲のPVをみていて、AR技術によって、まさしく同じその場所に想い出を定着させるというか、その場所で何らかの端末を通して見ることで、当時の世界に入ることができるような、そんな使い方を連想してしまいました。

世の中が面白くなっていきそうだな、と思ったり、いよいよiPhoneスマートフォンを買うか、と思ったりもしたのですが、電子書籍のお話しを聞いているときに、「検閲」がやりやすくなるような印象を受けるのと同じような感覚で、ARが普及すると危険な側面もあるような感じを受けます。そういえば、「グーグル八分」という言葉や現象はどうなっているのでしょうか。

「ARがつくり出した空間がカーナビと同じ働きをして、思ってもみなかったような人の流れが生まれたわけである。」(p.163)

前に、車椅子を使っている人に駅構内の道案内を専用端末で提供するというお話しを聞いたことがあって、被害妄想的に考えれば、見せたくないもの、隠したいものがあったときに、経路をいじれば、それを目に触れないようにするのが簡単になるのではないか、と思ったことがあって、ARにも似たようなことがあったりしないのかな、とちょっとだけ思います。