辻信一『スロー・イズ・ビューティフル』平凡社

この本を読もうと思ったのは、前に辻さんが『情熱大陸』に出演されていたときに感じた引っかかりのためです。番組の中で「お忙しい中お時間を割いていただきありがとうございます」と言われる度に「別に忙しくはないですけれど」みたいなことを言っていたり、「お疲れ様です」と言われる度に「別に疲れてはいませんけど」みたいなことを言っている姿が映っていて、それがとても気になりました。

「『ハウ・アー・ユー?』、調子はどうか、と訊ね合うことが多い。これは形だけの挨拶とはいえ、疑問形である以上、これに対する答えが要求される。」(p.117)

この本の中でこういう箇所があります。こんな風に形だけの挨拶の存在を認めているのに、どうして「お忙しい中」や「お疲れ様」がだめなんだろう、と素朴に思います。ついつい、「お世話になってます」には、「別にお世話してませんけど」とか、「おはようございます」と職場に入ってくる人には「もうお昼ですけど」とか言うのかなあ、と思ってしまいます。

で、なんで挨拶ひとつのことがこんなに気になるのだろうと考えてしまいます。

この本の8章で障害者に「頑張ってね」と声をかける社会について書かれています。俎上に上がっているのはあのベストセラー『五体不満足』で、それを批判しているようにも読める箇所です。

私が辻さの挨拶への引っかかりに更に引っかかるのは、そういった「頑張ってね」の反対側を向こうとしているようなスローなんとか、がそのスローなんとかを頑張れ、と言っているように感じるからだろうな、と思います。

「マスコミや大企業の言う『スロー・ライフ』を支えるのは、あいも変わらぬ大量生産、大量消費、大量廃棄の『ファースト・エコノミー』」(p.257)

そして、本当のスローなんとかとスローを騙ったほんとはファーストなんとかの区別もするようで、スローを頑張りなさいに更にほんとのスローを頑張りなさいと言われているように感じて、ちょっとだけ息苦しさを感じます。

「問いをたてて、答えを生きるかわりに、その問いを生きるようになっていないでしょうか」(p.29)

川口由一さんの言葉として引用されています。「忙しくありませんけど」「疲れていませんけど」、はこの「問いを生きる」スタンスのように感じられてしまいます。

上に書いたようなことは、「スロー・イズ・ビューティフル」をちゃんと読めていなくて理解していないから思うんだ、とか、悪意に満ちた曲解だ、とか言われてしまうのかもしれないけれど、「忙しくありませんけど」「疲れてるように見えますかねぇ」といったTVでの辻さんの声がどうしても響いてきます。