乾ルカ『あの日にかえりたい』実業之日本社

この本を読もうと思ったのは、直木賞候補作だったためです。あと、荒井由実さんの『あの日にかえりたい』という歌のことが引っかかっていて、同じタイトルのこの本がとても気になりました。

時間をテーマにした短編集でした。以下、各話数のタイトルです。「真夜中の動物園」「翔る少年」「あの日にかえりたい」「へび玉」「did not finish」「夜、あるく」。自分に突き刺さってきたのは「へび玉」と「夜、あるく」でした。

「何のビジョンも持たない自分だけが残って、なにになるというのだろう」(p.187)

以前、途上国で子どもたちに絵を教えていた女性を特集した番組を観たことがあります。彼女は当時の私にとても近い年齢でした。彼女のことを語る子どもたちの表情はとてもいいもので、彼女が子どもたちに与えたものの大きさが窺える映像でした。彼女は帰国を前に現地で交通事故に遭って亡くなったそうです。そのとき、気がつけば考えていました。自分ではなくて彼女が命を奪われたのは何故なのだろう、と。

「歳を取りたかった。」(p.190)

それと同時に、そんな風に考える自分のことがとても嫌でした。もしも、若くして亡くなった会ったことも話したこともない見ず知らずの人の死から「だから自分はがんばらなくちゃ」という反省を得るとしたら、まるでその人の人生を糧にしているようだからです。

と、「へび玉」で動揺したまま「夜、あるく」に差しかかりました。

「おばさんは、そういうふうに思ったこと、あるんですか?生きてて良かったって思ったこと。明日がいい日だなんていう保証、どこにもないじゃないですか。」(p.262)

あの人が死んで自分が残るのは何故なのか、まして、何もないような自分が。と、考えてしまうと心が揺れるのですが、「夜、あるく」はそれへの答えをゆっくりと教えてくれているように感じます。

「夜、あるく」で描かれているのは、(多分)アラサーの女性と70近くの女性の交流なのですが、彼女たちのやりとりがその答えのひとつのように見えてきます。

70近くの女性が「生きていて良かったなんて思った瞬間なんて、一度だってなかった」(p.262)という人生があったからこそ、アラサーの女性の救いになったのだし、逆にアラサー女性の辛い毎日があったからこそ、70近い女性を救うことになったように思えて、「生きてていいことありますか?」とか、自分が生きている意味を問うことは陳腐で恥ずかしいことのように受けとられるかもしれないけれど、それでも、あなたが/を救うことになる人はまだこの世に生まれてきていないかもしれない、だから生き抜いてみないと分からない、という感じのことをこの話数がそっと告げているように感じます。